~転~
「……本当にここか?」
あれから俺は全速力で目的地までひた走った。
馬車なんかを使うより、自分の足を使った方が遥かに早いからな。
ただルクルーゼに依頼された場所に着いたはいいんだが……
「……これ、どう見ても廃墟だよな? 防御結界もないし……こんな森の中、魔獣に襲って下さいと言っているようなもんだぜ?」
周りには、確かに以前は街だった様子が見られるが、ほとんどの建物は倒壊し風化している。
ルクルーゼが間違った? いや……ピンポイントで指定した先が森の中の廃墟って、出来過ぎだな。
きな臭い……その証拠に、廃墟の中に複数の人の気配……
なによりこんな廃墟に灯る松明の明かり……誰かがいるのは確実だ。
「……おい、念のため聞いておくぞ? ルクルーゼさんからお届け物です、お受け取り頂けますか? …………そんな殺気飛ばしてないで出て来てくださいよ」
その時、俺を目掛けて三本の矢が放たれた。
明確な殺意の乗った矢は、的確に俺の急所を狙って放たれていた。
俺はそれを一太刀で切り落とす。
……これで確定だな。もしかしたら、見慣れない奴が来た事で殺気を飛ばしていたかもしれないと思ったが、矢を放って殺そうとするのはやり過ぎだろ。
「……毒……か」
一切の迷いなく殺しに来てるな……。殺しに慣れた人間、もしくはプロ。
「……俺を毒矢なんかで殺せると思ったら大間違いだぜ? ……出て来いよ、
俺の言葉に廃墟の中に動きが見て取れた。
数人分の足音が此方に向かって来る。
動かない気配は三。恐らく矢を放った奴らだな。
「――――会いたかったぜぇ
俺の前に現れたのは六人。
そして最後に、奥から声を発しながら近づいて来る男の気配。
その足音は生身の人間のものじゃなく、義足である事が聞いて取れた。
「久しぶりだな
「――――誰だお前」
いや、思い出したけどさ、お約束じゃん?
コイツはミスティとセレスを攫った
だが他の奴らに見覚えはない……足もあるしな。
「てめぇ……忘れたって言うなら思い出させてやるぜ? てめぇら! 奴を殺せ! 魔術で攻撃しろ!!」
リーダーの言葉に六人が詠唱を始める。
様々な属性の魔術が構成されていくのを俺は黙って見ていた。
前に接近戦でボコボコにされた訳だから、この戦法で来るのは当然だな。
だが、そんな拙い魔術よりも毒矢の方が問題だ……あれだけは回避しないとな。
毒矢に意識を向けていると、やっと魔術の詠唱が完了したようだ。
六人がリーダーに目線を送り、準備完了の報告をしている。
「おい、何ボーっと突っ立ってんだよ? 恐怖で動けなくなったか? ……へへへ、じゃあ届けてやるよ、絶ぼ――――」
「――――いいから早くしろ、これ以上は待てねぇぞ」
俺の言葉にリーダーの顔が真っ赤に染まる。
そうとうお怒りのようだ。
そんなに絶望って言葉使いたかったのかな。
「……死ね……グチャグチャにしてやるぜ。……てめぇら! 殺ッちまえ!!」
そしてやっと放たれた魔術。属性は様々のようだ。
この世界で確認されている属性は炎、水、風、地、雷、氷……珍しいのでは光と闇なんてのもあるな。
魔術の攻撃を防ぐ場合は、相反する属性の魔術をぶつけるのが一般的だ。
それか相手の魔術に込められた魔力を大きく上回るか。
そしてもう一つは――――
「『マジックリフレクト』」
後僅かで俺に着弾するという所で、何かに弾かれた様に軌道を反転させる魔術。
「――――っな!? な、なんだ今のは!?」
リーダーの男は一瞬で部下の半数を失う。他の半数の男達も意識はあるようだが、戦線に復帰できるかは疑問だ。
「魔術反射…………無属性魔術だ」
「む……無属性だと!? 光と闇以上に希少な魔術……それをてめぇが使えるってのか!?」
「希少って……その気になれば誰でも扱えるぞ? と言うか
リーダーは化け物を見た様な表情でいる。
無属性は攻撃特化の属性ではない。
攻撃至上主義の
しかし無属性はオールマイティだ。
ある程度の魔力を有している奴なら、無属性をマスターするだけで事足りるほど。
「……あ、今度セレスにも無属性を教えるか……」
急に頭に浮かんだ少女の事が口から漏れてしまった。
意外な事に、その言葉に
「……セレス……セレスレイア……ふふふ……ははは……はぁぁぁぁはははは!!!」
「うわ……」
突如凶悪な表情で気持ち悪い笑い声を出す義足リーダー。気が狂ったのか?
「……セレスレイア。お前今、一緒にいるそうじゃねぇか?
「……護衛?」
俺はセレス達の家庭教師だ、護衛じゃない。
王女達には専属の護衛がちゃんといるからな。
「はっはははは!! お笑いだぜ。分かってねぇようだな? 面倒な
……なんだ、この感覚……
体が熱い、眩暈がする。
心臓が煩いほどに鼓動し緊急事態を知らせるが、不安と絶望で支配された脳が正常な判断を下すのを遅らせる……
「な、何を言ってんだ……? セレス達に何かするつもりなのか……?」
考えろ……考えろ……考えろ……考えろ!!
「何度も言ってんだろ? 用があるのはセレスレイアだけ……何をするかなんて知らねぇよ、そんなのどうでもいい。俺は報酬として大金を貰い…………そしててめぇを殺せれば満足だ!!」
リーダーの男が迫って来る。
それと同時に三本の毒矢、そして戦線に復帰した三人が詠唱を開始し始めた。
考えろ!! 考えろ!? …………いや、考えるより体を動かせ!!!
「『トランスポート』!!」
「――――っく!! また消えやがった!? くそ!! てめぇら! 気を付け……」
リーダーの男が振り返り詠唱中の三人を見ると、鮮血を撒き散らしながらゆっくりと倒れ込む部下達の姿が見えた。
しかしシュバルトの姿はない。
「くそ!? ど、どこに行きやが――――」
――――その時、窓ガラスが割れる不協和音と共に、廃墟内に潜ませていた三人の部下達が目の前に降って来る。
「お、お前達!? ば、馬鹿な!? こんな事が――――」
「――――絶望を届けに来たぜ?」
リーダーの男の耳に聞こえたのは死の宣告。
その声を認知した瞬間、手足に激痛が走る。
「――――う……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
手足を斬り落とされ、最早這いずる事すらままならない。
「……ほら、失血死しないように傷口を塞いでやるよ」
夥しい量の血が噴き出ている手足の切り口を焼き、出血を止める。
まだ失血死した方がマシであろうに。
「あがぁぁぁぁぁ!!?」
「今度はどうだ? 絶望を振り払えるか?」
魔獣蔓延る外界、街道から外れた森の中の廃墟。
助けは来ない……来るのは、絶望。
「た、頼む……助けてくれ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!」
ジッと泣き喚く男の目を見つめる。
その時、血の匂いを嗅ぎつけた魔獣が一体、こちらに向かって来るのが見えた。
「うわぁぁぁぁぁあああ!? た、頼む! た、た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!」
大口を開け、リーダーの男を喰らおうとする凶悪な魔獣。
リーダーは今までに感じた事のない恐怖、絶望を味わい、その生涯に幕を下ろす。
――――事はなかった。
リーダーを喰らおうとした魔獣は、あと一歩という所で止まった。
シュバルトから異常な殺気を感じ取り、本能が停止を命令したのだ。
シュバルトを見て怯えた様に体を震わせる魔獣は、獲物を喰らう事なく森の中に姿を消していった。
「はぁは、は、は……は……は……?」
死を覚悟したリーダーは、まだ生きているという事に理解が出来ず混乱する。
絶望が死を運んできた。受け取り拒否出来ない死を何故躱せたのか。
そんな事を考えていると頭皮に痛みが走る。
そのまま体を引きずられ、廃墟の中へと放り込まれた。
「うがぁっ……はぁ……? へ……?」
周りを見ると同じように運ばれたであろう部下達の姿。死んではいないようだ。
「……お前達は罪を犯した。本来お前達の頼みなんて聞いてやる必要はない」
シュバルトの言葉にリーダーはやっと理解する。シュバルトに殺されかけ、シュバルトに助けられたのだと言う事を。
「これ以上は知らない……どうでもいい。……二度とあの国に近づくな!!」
その言葉を最後に、シュバルトは姿を消した。
――――――――――――――――――――
あれから俺は、全速力でシトルハイムへと戻っている。
王都を出発してから数時間、辺りは徐々に明るくなってきており、そこら中に魔獣の気配が感じられる。
「……なんだ? やけに魔獣の数が多い……王都に向かっている……?」
魔獣達の動きが異常だ。何かに引き付けられるように、脇目も振らずに王都に向かって走っている。
「……ルクルーゼ……」
この運送を依頼したのは騎士長のルクルーゼだ。
届け先にはあの王女誘拐事件の
いくらなんでも、ルクルーゼが関わっていないなんて思っていない。
「……くっそ……せっかく友達が出来たと思ったのに……」
ああそうだよ、俺には友達なんていねぇよ!? 仕事仕事仕事で、寄って来るのは下心がある奴だけ。
「
そう軽く葛藤している内に、シトルハイムを一望できる高台へとやって来た。
少しだけ遠回りだが、魔獣達の事もある。一度様子を確認したかったのだ。
すでに夜は空け、シトルハイムの全貌が見て取れる。
「な……なんだよこりゃ……」
俺の目に飛び込んできたのは、まさに地獄。
夥しい数の魔獣達が王都内に侵入しようと、防御結界に突撃している光景。
通常ではあり得ない光景。魔獣達も馬鹿ではない、そうそう簡単に結界が壊せない事は知っているはずだ。
己の体が傷ついていく事もお構いなしに、何かに取り憑かれたように体を結界にぶつけている。
「……理由はやっぱ……あそこか……」
そして異様な光景その二。
国の最奥にある王城。
その王城から禍々しい光が溢れ出している。まさに魔王の城。
美しい景観は見る影もなく、あそこで何かが起こった事は明らかだ。
「ミスティ……セレス……。今行くぞ、お前達の家庭教師がよ!!」
シュバルト・ダロンドロス。
最強の家庭教師が、最愛の教え子達の危機を救うべく動き出す。
――――――――――
高台を駆け下り、道を塞ぐ魔獣達を切り伏せていく。
「――――あっ!? シュバルトさん!! こちらです!!」
門上の見張り場より声を張り上げた者の傍まで跳躍する。
声を掛けてきたのは、王城で何度か見かけた事のある……名前は忘れた。
「シュバルトさん!! 何処に行っていたんですか!? ……いいやそんな事よりっ! 早く城に向かって下さい!! ここは我々が抑えますから!!」
その言葉に頷き、俺はすぐに城へと駆けだした。
防御結界が機能している内は大丈夫であろう。
問題は、恐らく城に安置されているであろう防御結界の術式。
それを壊されれば防御結界は消え、国は阿鼻叫喚の騒ぎとなるだろう。
「
凶悪な魔獣と渡り合えるのは、一部の騎士と
魔獣の数が異常な為、結界が壊されたらどのくらいもつか……考えたくもない。
「……おいおい、嘘だろ? ……なんで魔獣が内地にいるんだよ!?」
王城まであと少しという所で、俺は異常な光景を見た。
王城へと続く道に防御柵が作られ、魔獣達の群れを城下町に行かせないように必死で食い止めている、騎士や
「『ディメンションブレード』!!」
騎士達に襲い掛かっている魔獣達を瞬殺し、状況の説明を求めた。
「――――城から魔獣達が!?」
「間違いありません! あの光が城を覆った瞬間、突如城門より魔獣達が現れました! 城下にいた騎士や
背中から冷や汗が流れるのを感じる。
城にいる騎士達だけで魔獣から王達を守れるとは思えない……
俺が魔獣達と張り合えると感じたのは、近衛騎士だけ。
王や王女達の護衛を務め、それなりの力を持っている為、部屋に籠って防御に徹すれば……あるいは。
「……騎士長がいてくれればな……。俺は城に向かう! ここは頼んだぜ!!」
「お任せ下さい!!」
「おう! 任せとけやぁ!!」
騎士達の整った声と、
俺は魔獣達を斬り捨てつつ、王城へと急いだ。
――――――――――
城門を潜り、辺りを窺う。
魔獣達の姿はない。
「……さて、こういう場合のお約束は奥の謁見の間とかかな?」
謁見の間に急ごうと足を踏み出した時、謁見の間とは別方向から魔獣の気配と、僅かに怒号が聞こえた。
「……あっちか……なるほど、サブイベントね」
急ぎ声がした方向に駆けだす。
辿り着くと、そこは沢山の魔獣達に取り囲まれた一室があった。
「……人の気配も感じるな……俺には一切の興味を示さない……操られてんのか……?」
なにはともあれ、今にも扉は破壊されそうだ。
俺はすぐに魔獣達を排除し、大声で危険がなくなった事を知らせた。
「おお!! シュバルト!! 助かったぞ! まったく、仕事をサボって何処に行っていたのだ……」
声を掛けてきたのは、憔悴しきった様子のゼレイス王。
その奥には怪我をした近衛騎士を介抱しているセリーヌ王妃の姿もあった。
「サボったって……昨日は休日……いやそんな事より! ミスティやセレスは!?」
その言葉に王の顔か曇る。
まただ……体が熱い……聞きたくない……そんな顔をしないでくれ……
「……分からぬ……いきなりの事だったのだ。突然大きな地震が起きたと思ったら、城内に魔獣が現れた。騎士達と共に魔獣から逃れ、この部屋に閉じこもったという訳だ」
希望が出来た。
俺はこんなにも弱い人間だったのか? 希望がなければ戦えない……想像したくもないが、王女達は死んだと告げられていたら、俺は戦えなくなっていただろう。
「分かった! 俺が彼女達を探してくる、王達は避難をしてくれ! 今なら城門を抜けて外に出られる!」
王達の返答も聞かず俺は駆けだそうとした。が、ストップがかかる。
「お待ち下さいシュバルト様! 私を結界術式の部屋までお連れ下さい! 先ほどから結界に揺らぎを感じるのです!」
声を出し俺を呼び止めたのは王妃のセリーヌだ。
いつも穏やかで、声を張り上げている所を見た事がなかったので驚いた。
「……王妃様、この国の防御結界は貴女が発動させたのですか?」
「そうです。私が術式を構成し、私が発動させました。この国では代々王家の人間が防御結界を維持して来ました。……次は、セレスレイアです」
結界の揺らぎは外界の魔獣達の仕業だろう。
外の様子を知らない王妃が揺らぎを感じていると言う事は、本当に王妃様が維持者なのか。
防御結界の維持は大変だ。毎日のように結界に魔力を注ぎ込まないといけない。
その為、通常は宮廷魔術師や専門術師が従事する物なのだが……
「……分かりました、一緒に行きましょう。何名かの近衛騎士は王妃の護衛に、残りは王の――――」
「――――私も行く。王国の危機なのだ、王が逃げてどうする。私とて魔獣の攻撃から妻を守る盾くらいにはなれる」
その言葉に近衛騎士達は動揺を見せ、王妃は珍しく顔を赤く染め王と見つめあう。
そういうのは全て終わった後に寝室でやってくれ。
王様と王妃様、そして近衛騎士達と俺は道中の魔獣を蹴りらしながら結界術式がある部屋へと辿り着いた。
本来なら近衛騎士は元より、ただの家庭教師の俺に結界術式のある部屋を教えるなんてあり得ない事だ。
国の最重要施設。この術式を少しでも崩せば防御結界は喪失し、たちまち魔獣達に蹂躙されるであろう。
……そんな重要な場所を他人の俺に教える。
俺は二度とこの国を出られなくなるかもしれない……
「……やはり、結界が弱まっています……。私はすぐに魔力を流し込みます! シュバルト様、あの子達を……娘達をお願い出来ますか……?」
「えぇ、頼まれました。俺はあいつ等の先生ですから!!」
ゼレイス王や近衛騎士達にも頼まれた俺は、断れない。
いや、断るつもりはない。これは自分で決めた事……家訓なんて関係ないね!
俺は急ぎ、二人の王女を救うべく走り出す。
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