ハジメマシテの9時クライ_231002

「イマはナンジですか?」


 ファストフード店の2階席から賑わい続ける歓楽街をぼんやり見下ろしていると、ふいに『いい声』がした。

 横目に見ると、いつから居たのか赤毛・碧眼の熊系おじさんが隣りに座っている。窓際のカウンター席は他にも空きがあるのに、なぜわざわざ私の隣りなのか。

 下心を勘繰りつつ律儀に腕時計を確認し、お気に入りのそれが示す事実につい溜息が漏れた。どおりで『おかわり伺い』が来ないわけだ。1時間ならいざ知らず、3時間近く居座っていれば、たとえ空いていても煙たがられる。


「――3時半です」

「Really? それはアサ?ヨル?」

「え? ……朝、かな」

「だとしたら、フけすぎです」


 朗らかに笑って返された言葉の判断に困る。奇しくも発音は「老若」の『老けすぎ』のほうで、女の端くれとしては怒るところだ。しかし、ニコニコしているこの男を見ていると、奇妙な懐かしさを覚えてそんな気は起きなかった。


「ねぇ、前に会ったことない?」


 言ってから後悔する。フられて1日も経たないうちにナンパ鉄板のセリフを使うなんて、自暴自棄もはなはだしい。


「YES! ハジメマシテ」

(どっちだよ!)


 喉元まで出かかったツッコミを飲み下し、無難に「そうですか」と相づちを打つ。きっと、深く関わらないほうがいいタイプの人間だ。

 とりあえず、冷めきったポテトフライをパクつく。自分から会話を始めてしまった手前去りづらいのもあるし、食べものを捨てて出るのもしのびない。


「ヨル9ジ、あなたにアッタ。もスコシいっしょイタくて、このジカンあいにきた」


 続いた会話に眉をひそめる。それは『別れた』時間であり、行きつけのバーで酔い潰れた時間でもある。無様な姿を一方的に見られていたのだとしたら、それこそ下心で寄ってきたとしか思えない。

 突然、男が立ち上がった。焦りに追い討ちをかけるタイミングの悪さに、心臓と体が跳ねる。


「キョウは、おサキにシツレイします」


 紙コップを数度振って、空になったのをアピールされた。どこかホッとして「お気をつけて」と送り出す。


「1ジカンご、10ジにマタね」


 よく分からないことを言って男が上げた手の首に、腕時計があるのを見た。見慣れたデザインに驚いて自身の手首を見やれば、変わらずそれはある。

 どこでと聞きたかったが、顔を上げたときには男はもう居なかった。

 ――謎めいた彼と再会したのは、3年後のことだった。



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ハジメマシテの9時クライ

〔2018.01.31 作/2023.10.02 改〕

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★ pixiv個人企画『第2回1000字コンテスト』参加作(今も主催さんが代理公開中)


 大幅加筆できるかなと設定メモが残っていたのですが、文章を直すくらいの改稿で今回カクヨムに載せることにしました。

 ちなみに、メモの概要は『21時前後を指す一回り24hの奇妙な腕時計〈人生時計〉と日記を見つけた少年が、小説を読むように日記を読み終えたとき、記録の中の彼女に恋をしていた。その時計が24時に近付き、思い切って9時まで逆回転させたら過去にタイムスリップしていた』というもの。そういうロマンスもいいよね。結局書かないけど。


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