▼ あの夏そこかしこ

夏色クリームソーダ_190919

 レンズ越しに見る光景を、まぶしく感じ始めたのはいつだったろう?

 南国の海のように澄んだ青は鮮やかで、湧き立つ白雲しらくもは深い陰影いんえいを作るほどの厚みで圧倒してくる。そして、いっそ暴力的なほどに〝夏〟を体現するあまはらを、我が物顔でくるくると縫い飛ぶ鳥たち……。

 何も、こんな暑い日にあんな高く上がらなくてもいいだろうにと考えて、僕はため息をこぼした。


『あの空に溶けたい』


 ふいによぎった言葉はひどく曖昧で、気怠けだるさが増す。あの色に染まりたいのと、大気になってただよいたいのでは、似ているようで違う。じゃあ、この気持ちはどういうことだろう?

 焦点しょうてんを少ししぼり、鳥の動きを追ってみる。ゆるりと空をわたる姿に、何を思い、うらやましく感じたのか。少なくとも「鳥になりたい」ではなかったから、そう単純でもなさそうだ。

 しぼりを戻し、入道雲にゅうどうぐもが映えるようフレームを立ててみる。どこを、どのタイミングで切り取るか悩むばかりで、時間も雲もいたずらに流れていった。深いため息とともにカメラをおろし、あふれる汗をぬぐう。そういえば喉がカラカラだ。

 強い日差し。靴越しにじわりと足を焼くコンクリート。夜まで耳に残るほどの蝉時雨せみしぐれと、か細くも届く風鈴の音。こんな日は、逆にかわくと分かっていても甘い炭酸が飲みたくなる。それも、いい感じに冷えたやつが。


 脳裏に浮かんだイメージに、喉が1つ上下する。

 そうだ、久しぶりにあの喫茶店に行こう。思い立ちでもしないと、閉店の知らせを見かけて後悔する日まで避けてしまいかねない。失恋の痛手がなんだ。独りの頃からあの場所で積み上げてきた幸せな時間は、去っていった恋人とともに捨てていいわけがない。

 無数の泡沫うたかたいだく青い海。浮かぶ氷塊を陸とし、半円をえがく白い山。チョコンと添えられた赤い実は、小さなその身1つで数多あまたの視線を集め「食べて」とささやきかける。

 ああ、うるわしのクリームソーダ。幼稚ようちと言われようと、その罪深き飲み物にして食べ物は、僕を魅了して止まない〝夏の甘味かんみ〟の1つなのだ。


 思い出の味にひとしきり酔ったあと、体が軽くなった気がして肩をグルリと回す。見えない羽でも生えたかなと考えて、笑いがこぼれた。

 何を気負っていたのだろう? 構図を気にして、他人たにんからの評価を気にして。成長に向上心は欠かせないとしても、上ばかり見ていたら転んでしまうだけなのに。

 カメラを構え直して、1枚。心のフレームにも、1枚。

 変わりなく、撮りたいものを好きに残すだけでもいいじゃないか。だって、ほら。いいが撮れた。


 きっと、僕は〝自由になりたかった〟のだ。雲や風や鳥、もしかすると空自体をねたましく思ってしまうほどに自分自身をしばっていたから。

 さあ、ここに味の記憶も重ねよう。この感覚を長く残しておくため、ゆっくり歩きだす。――無性に恋しくなったクリームソーダまで、徒歩10分。



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『夏色クリームソーダ』

2019.09.19 作

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 その罪深き飲み物にして食べ物は、僕を魅了して止まない。

「あの空に溶けたい」と願って、重たかった心は記憶に浄化されて、あの味に会いに行く。――そんな夏の1ページ。


★ Writone個人企画「空腹を満たそう #3」&「おいしい夏缶」参加作


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