巡り、こぼれるワタクシめ。_221101

 皆さま、ワタクシをこぼしていらっしゃいませんか?

 涙? ――いいえ、物質ではございません。

 愚痴? ――近付きましたが、耳に聞こえるものでもありません。

 ワタクシ、さまざまな形で皆さまの中に存在しております、〈思考〉と呼ばれるモノでございます。瞑想めいそうなどなさっている場合は別として、起きている限りこんこんとで、流れ続けるのが特徴でしょうか。


 これをしたためている方――〈書き手さま〉とお呼びしましょう――の中では、主に「音をともなう言葉」の形をまとっております。もちろん、実際に耳で聞くことはできないのですが、「脳内で朗読しているようなもの」と申しましたら伝わるでしょうか。

 それは、実際に朗々ろうろうと読むくらい「ゆっくり」のときもあれば、書き手さま自身にできないほど「早口」のときもございまして、そこが本題につながるのです。




 書き手さまは、ワタクシを〈文字〉として書き出すまでにとても時間がかかります。「音がともなう」ために、周囲の声にかき消されて考えられなくなることも少なくありません。

 ワタクシの流れが早いときは、こちらにエネルギーを使う分、どうしても動作がおろそかになります。ですから、「書く早さに合わせる」とワタクシはにぶり、ワタクシに合わせようとすれば「読むに耐えない文字」になった挙句あげく、ぽろぽろ、ボロボロこぼしてしまうわけでございます。


 そのような「書きこぼしてしまうもどかしさ」を解消すべく、書き手さまは「ワタクシを自動で書き出す装置」をお作りになりました。

 起動している間、膨大な量の紙を消費してしまうのが「玉にきず」でしょうか。記録にはロール紙を使っておりますので、風のイタズラで並び順が分からなくなる心配だけはございません。素晴らしいワタクシです。




 書き手さまもワタクシも、しばらくは「装置で文字化されたワタクシ」を堪能たんのうして過ごしました。出力されるフォントはこだわりぬいただけあって美しく、無駄のない絶対領域たる余白をがくぶちえがかれた至高の絵画のようで、なんともたまりません。


 これがあれば「夢の記録」もできるのでは、と期待に胸ふくらませて床にき、床一面に波うつ白紙の海を地道に巻き取る結果に終わった日もございました。何度試しても、眠りに落ちたであろうところでふつりと記録が途切れ、目覚めたであろう瞬間から再開するのだから不思議です。

 夢の記録方法は見つけられませんでしたが、ただ一つ確かなのは、ロール紙の巻き直しがなかなかに骨の折れる作業だった点でしょうね。記録後に自動で巻き取るよう改良したのは言うまでもありません。


 それからもうしばらく経ったある日、待ち受けていた「思わぬ落とし穴」に書き手さまはハマり、装置を壊してしまいました。




 ワタクシを自動で書き出せたところで管理するのはヒトの手。読み返すのも、要点をまとめるのも、てる残すを判断して整頓せいとんし続けるのもその身一つに全てかかってくるのですから、負担は「あつみ」を増し、相当「重く」積もり続けていきます。


『書きこぼしたくなくて作ったのに、逆に手間が増えてしまうとは……』


 このワタクシを最後に、書き手さまは言葉にしがたい複雑な気持ちをいだいたまま、ハンマーを何度も振り下ろしていらっしゃいました。あの装置は、「書きながら考えるよりはラク」というお方だけが使える代物しろものだったようです。

 ワタクシとしては、〈文字〉でなく〈絵〉で自動出力できる装置があれば、もっと汎用はんよう性があったのではと思います。姿なきワタクシめも、きっと「知的な老執事セバスチャン」にえがかれたことでしょう。性別には特に思い入れなどございませんので、「思慮しりょぶかいメイド娘」でもかまいません。

 眼鏡さえかけていれば、ワタクシはそれでよいのです。




 それにしても、ワタクシが思考実験するなどなんとも皮肉なことでございます。思考の指向しこうせし至幸しこう嗜好しこう、とでも言いましょうか。

 ……おや、これは失礼いたしました。字面じづらならではの言葉遊びは、聞いていらっしゃる方には少しも伝わりませんね。書き手さまの〈思考〉であるからこそ、ワタクシにだって楽しみは必要――ということで、どうかご容赦ようしゃを。


 もし「夢の記録装置」が出来ましたら、ぜひワタクシめにも使わせてくださいませ。この願いが本題にございます。



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巡り、こぼれるワタクシめ。

〔2018.04.22 作/2022.11.01 改〕

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* 黒井羊太さん主催「万物擬人化プロジェクト:ヤオヨロズ企画」参加作。

* 〈思考〉という概念を擬人化したらきっとこう。


* ずっと昔に書いた気がするのに現物データは見つからず、保存し忘れたのかそもそも存在しないのかさえ分からないものを、断片的な記憶を頼りにリライト。元々は「書き手」が主人公だったような…。


* 他の参加作から浮く 「異質」枠に入ればいいなぁと思って書いてみたら自分好みのモノローグ掌編になったので、いつか関連作を書かねばと思ってます。


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