一杯の水事情_170930
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ここに1杯の水がある。どう使うかは君の好きにしていい。
乾く自身を
例えば、料理になんてどうだい?
食材を
「いいですね。僕も好きです、茶わん蒸し」
もしかして、君はあの〝チホー〟出身かい? 作れるのなら、ぜひ本場の味を教えてほしい。
「いえ。いつも食べる側だったんで、作り方はちょっと……」
そうか。では、今度食べてみてくれないか。感想だけでも聞けたら、少しは近づけそうな気がするよ。
生命の維持以外にも、使い道はあるだろう。芸術なんて良いかもしれない。
この1杯に
色の
「絵。描かないんで、よく分からないです」
気が合うな。私もだ。営業トークに盛り込む為に、絵描きの友人から知識を仕入れただけにすぎない。
「ああ、でも。僕の書く字ってすごく汚いんですけど、『いっそ芸術的だ』とか言われてました」
ハハッ! それは同感だな。文字を持たない我々からすれば、君の書くそれにウマイ・ヘタなど無く、全てが芸術作品となるだろう。いいじゃないか。君、この〝クニ〟で芸術家になりたまえよ。
「か……考えておきます」
少し話は戻るが、生命活動というククリで考えれば、衛生的な使い方もあるな。
言葉の通り〝手〟を手始めに、口や頭部といったカラダを洗うことには使うべきだろう。食材もそうだし、使用済みの食器や衣類をキレイにするのにも必要だ。マンがイチ、君が転んでケガやヤケドを
「……転ぶことなんてあるんですか?」
もしやそれは皮肉かな? いいや、ご想像の通り無いな。無いが、手の少ない君ならそういうこともあるだろう。
「転ばぬ先の〝手〟に代わるもの、早く見つけるとします」
なかなか上手いことを言うじゃないか。実にユニーク、ユーモラス! ……まぁ、転んだとしても、君がケガすることは、まずないと思うが、ね。
さて。
この
「噴き出すって……水ですよね?」
水以外のナンだと言うんだい、君は。
一度追い払うとしばらく寄り付かなくなるんだが、痛い思いを忘れてか、背に腹は変えられないからか、
そうそう。1杯の水は容器が柔らかくて一定以上の力を加えると中身が飛び出るから、取り扱いには注意してくれたまえ。
さあ、どの使い方から始める? 時間はかかるだろうが、全部を達成することだって、さして難しくはないだろう。なぜなら、1杯の水はイッパイあるからね。
「……面白くないです」
面白くてたまるものか。ジョークで済めば、こんなありがたいことはないね。
大きなタンクに水を入れたんじゃ保管場所の広さを確保しなきゃいけないし、管理自体も大変なのは分かるかい? 大容量タンクに詰めてたら、少し
圧縮率を上げれば当然重さが比例して増え、取り出すときの水圧もコントロールしにくくなってしまう。かといって圧縮率を
「圧縮って……これ1つにどのくらい水が入ってるんです?」
え? 何度も言ってるだろう。イッパイだよ、イッパイ。
「だから、それが何ミリリットルなのか聞いてるんですよ」
君こそ何を言って……ああ、そうか。うまく翻訳できてないんだな、すまない。あの〝クニ〟出身者は〝チホー〟で言語が違うからデータが足りなくてね。少しなら我々も話せるから、その受信機を取ってみてくれ。
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遠ざかっていた感覚が少し戻り、
この星にも、空気と、地球よりは軽い重力がある。そのお
まだ少し視界がぼやけるので
青みがかった
「もしかして、座らせてくれました?」
「キャクジン、ユカ、ホーチ、シツレ」
なかなかのカタコトっぷりではあるものの、タコのようなクラゲのような姿をした彼――いや、彼女かもしれないが――その
タコクラゲ氏に
テーブルの上には茶器の他にもう1つ、丸みをおびた
「へえ! 見た目
「チサイ、ワレワレ、ヒトツ、ミカブン」
「飲むだけなら、たぶん僕らでも3日は持つと思うけど……」
悲しいことに、フロ好きの僕は1つぽっちじゃ1日も持たない。食料庫に多めに用意してあるそうだが、いったいそれで何日入浴できることやら。過ごしてみて足りなければ言え、という彼の言葉には、ダダ甘えしようと思う。
「シンイチ・クニ、エ、ヨコソ。ユクーリ、スメ」
最後にふかぶかと紳士風のお
新天地での生活は、とても充実していた。
茶わん蒸しの
キナ臭い名前の
移民である僕にあてがわれた家も、なかなか住み
イッパイの
「ワレワレ、タスカル。ダケド、コナーニ、ダイジョブ?」
いつもイッパイを届けてくれる緑色のタコクラゲが、心配そうに傘を
この星には〈パイ〉という単位があること。カプセルの内容量〝
「大丈夫。問題ないよ」
3日サイクルでの補充が
「ショクリョコ、スグ、イレル。スグ。ゼターイヨ?」
やけに念を押す彼を見送る。量が量だから手伝うと言ってくれたが、重力が弱い分こういうところでカラダに負荷をかけておきたいからと、いつも通り玄関に置いてってもらった。
イッパイが詰まった
「さぁて、フロでも
なんだかんだすぐ使う量だし、まぁこのままでもいいだろう。よっこいしょと声を上げて、最後に1箱を運ぶ。これを
そうして、いつものように
「泥棒? そんなまさか……」
ふいに軽い
聞き覚えのある音、水――
「イッパイ、お前か!」
玄関横のコンテナを確かめれば、下段のイッパイが上段のコンテナを
部屋に散らばったイッパイもあるようで、あちこちで破裂音が続く。拾い集めるより先にコンテナ2つを一度に運ぶことにし、食料庫へ走った。のが
足元に違和感を持ったときにはもう、前のめりに
踏みつけてしまったイッパイからは水が吹き出し、手を離れたコンテナのイッパイ達が、
乱発する破裂音と、部屋に流れ込んでくる大量の水。物という物ともども波に飲まれたところで、僕の意識は
*
「ありがとうございます。うっかり死んでしまうところでした」
「ナニゴト、オモタ。タスカテ、ヨカタナ」
差し出された
彼女が玄関をこじ開けてくれなかったら、情けない死にざまをさらしていたことだろう。手を
「コンナツカイカタ、コマルヨ」
「ドシテ、スグ、イレナカタ?」
どこで事件を聞きつけたのか、駆けつけていた青と緑のタコクラゲ達にたしなめられる。
こうして僕こと1人の地球人は死にかけたわけだが、『部屋イッパイの水で』という状況はタコクラゲ達〝シンイチ星人〟にウケているらしく、しばらくは話のタネに困らないで済みそうだ。
害獣退治の特別
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一杯の水事情
〔2015.11.01作/2017.09.30改〕
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「共幻文庫短編小説コンテスト2015」にて1000字ちょっとの初稿を書き、いただいた短評も参考にしつつ5000強まで加筆改稿したものです。冒頭を「一人称語り」から「二人称語り」に変えて、その後の話をマルッと新規追加した形。
本文を読んでお察しの方もいらっしゃるでしょうが、「星新一賞」に出しました。んまぁ、結果もお察しですね。三次選考通過作しか公表されないので、一次で落選したのかどうかすら分からないのですが、きっとダメだったのだと。
※
2015.11.01 初稿『イッパイノミズ』
共幻文庫 短編小説コンテストに応募、落選。
(第8回のお題は「一杯の水」)
2017.09.30 次稿『一杯の水』
星新一賞の第5回に応募、落選。
(三次通過から公表のため、いつ落ちかは不明)
2018.02.04『1杯の水事情』へ改題
2023.08.09『一杯の水事情』へ改題
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