収穫祭の狩人_191028

 痛む頭と重い足を引きずり、男はやっとの思いで家を出た。暗がりに慣れきった目に月明かりが眩しい。かざした手の隙間からそっと覗いた月は丸々としていて、群青ぐんじょうの海にプカプカ浮かんでいる。

 久しぶりに触れた光に、ほう とうすら白いため息をもらす。そんな男の前に少女が2人、ふわりと現れた。


『Trick or Treat!』


 重なる愛らしい声。けれどそれは、男をおどす為の言葉だった。

 右の悪魔は三叉さんさほこ、左の魔女はかまを持ち、その切っ先を弱々しく立つ男の喉元に突きつけている。


「渡すの? 渡さないの?」

 色合いは大人しいが飾りのたくさん付いた黒色の先折れとんがり帽。その広すぎるツバで顔をかげらせながら、おさなくも威圧感のある声で魔女は言う。

 これが通常のハロウィンであるならば、アメの一つも渡せばこの危機を逃れられただろうか? そんな気の利いた物を偶然にも持ち合わせている、なんて奇跡はまんひとつも望めないというのに、甘い考えが男の脳裏をチラリとよぎる。


「渡すって、何を?」

「魂に決まってんだろ!」

 とぼける男に、末端がカミナリ形に折れ曲がった細長い尻尾を揺らしながら悪魔がケラケラと答えた。よほど滑稽こっけいだったのか、その顔にはあざけりの笑みが浮かんでいる。

 予想を裏切らない答えに、男から諦めの溜め息が漏れた。


「残念だけど、無理だよ」

「はぁ!? ざっけん――」

「なぜ?」

 意に沿わない返答に今度はいきり立つ悪魔を制し、魔女は問う。切っ先4つを突き付けられたままだったが、男は魔女の目を見据えて肩をすくめてみせた。


「見ての通りさ。欲しけりゃ〝コイツら〟をどうにかしてくれ」

 目にしたくない一心から片手で目をおおい、もう一方の手で男は足元を指差してみせる。口では軽く言ってみたものの、それはせつなる願いだった。


 2人分の溜め息と、刃先が引く気配。諦めてくれたことが嬉しくもあり、状況の一切変わらないことが悲しくもある。そんな複雑な気持ちでいる男の耳に、不可解なやり取りが届いた。

「……早くして」

「あいよっ!」

 魔女の言葉に悪魔が応えてすぐ、男の右足に鋭い痛みが走る。視線を落とせば、〝足元の1人〟に黒いものが刺さっていた。その反対側には悪魔がいて――


「それッ!」


 掛け声と共に、〝影〟をクルクルと巻きながら軽々とほこが持ち上がる。それでも〝手〟は男の足を掴んで離さない。三つ編みのおさげを揺らして今度は魔女のかまり取る。〝影〟は切り口から燃え広がるように煙と化し、低いうなり声を上げながらにじむように空気に溶けていった。


 すごい。そう思うと同時に、やはり目の前の少女たちは 死神なのだと男は納得する。それは、どう足掻あがいても自分の助かる道が無いことを意味していた。

 突如とつじょ息が苦しくなり、男は反射的にのど元に手をやる。自分の首以外の感触は無いのに、何かに締め付けられている感覚だけはギリギリと続く。引かれるままに上を見れば、遠のいていく意識のなか、足に絡み付いていたはずのもう1人の暗い眼窩がんかと目が合った。


「チッ――手間かけさせんじゃねぇよ!」

 悪魔の怒声が響く。跳んでいる少女の姿を男が視界の端に捉えた次の瞬間、眼前のソレを貫通した矛先が左頬を掠めた。黒いドレスに合わせて赤いフリルがはためき、頭上を通過する。そのままテコの要領で地縛霊ごとぐいと宙に巻き上げられれば、満月を背に落下してきた魔女がすれ違いざまに鎌をいだ。

 甲高い叫び声を残して〝影〟が霧散する。そして男は単身、地に落ちた。


「……おイタが過ぎると、消すわよ」

 呪縛が解けてひざをついている男の後ろで、魔女が冷たく呟く。その言葉を、消してから言ったんじゃ遅いだろ、と悪魔がケタケタ笑った。


 立ち上がれないでいる男の前に回りこみ、少女たちはそれぞれの得物えもので一度空を切った。それが、刀についた血肉を振り払うサムライに似ていて、男は思わず笑いそうになる。しかも、年格好からは想像もつかないほど〝様〟になっているのだから尚のこと。

 そんな胸中を知ってか知らずか、鎌と矛を横手に立て、空いたほうの手を胸に2人が会釈えしゃくする。上がった顔には、ニヤリ――という形容がよく似合う、楽しそうな笑みが浮かんでいた。


『魂2つ、たしかに!』


 そう高らかに宣言して収穫祭の狩人かりうど達がパチンと指を鳴らすと、橙色の塊が2つ宙に現れた。大きさは少女2人の頭が余裕で収まるほどで、その表面はぼこぼこごつごつしていて黒と黄色のシミがある。ほんの少しだけふわりと浮いたそれらは、ボテッという、見た目の重量感に反して意外にも軽そうな着地音をたてた。

 魔女と悪魔がそれぞれに得物で叩くと、驚くことにカボチャは「クケケッ」と笑ってひと跳ね。クルリと振り向いてみせた野菜達には怪しく笑う顔が彫られ、中では赤紫の灯火がゆらめいている。


「それでは、失礼します」

「じゃあなー、ニィチャン!」

 魔女はもう一度軽く頭を下げて、悪魔は手をひらひらさせて、2人はあっけなく走り去って行く。その後ろには、奇妙な音を立てながら飛び跳ねて行くお化けカボチャが2つ――


「……魂って、僕自身のことじゃあなかったのか」

 廃墟に1人残された幽霊が自身の今後をうれうなか、満月の夜は静かにふけていった。



   *


 ぽすん、ぽすん、ぽすん。

 見た目の重量感の割に軽そうで可愛らしい音が、少女2人の後ろをついてくる。実際、このカボチャを、魔女と悪魔は可愛いと思っていた。


「なぁ。こいつら、オヤジに渡さないで飼わねぇか?」

「ムチャ言わないで。この子達を渡さなきゃ、私たち進級できないでしょう?」

 それとも進級しないつもりかと、魔女は意地悪く笑ってみせる。軽くにらみ返して舌を打つ悪魔だったが、すぐに面白いことを思い付いたとばかりにポンと手を打った。


「お菓子もらいに行こう!」

 その言葉に、先折れとんがり帽の少女から頓狂とんきょうな声がひとつ上がる。だが、その表情は驚きに満ちてすぐにニタリと笑った。


 ――もし貴方の家に魔女と悪魔の2人組が来たなら、魂を狩られる前にお菓子を差し出すといい。



     『 Trick or Treat!! 』

 (命が惜しけりゃ、お菓子をよこしな!)



===

収穫祭の狩人かりうど

〔2008.10.16 初/2019.10.28 改〕

=========


* すでに3回も改稿してるから、もうリライトもしない。

* PSゲーム『デュープリズム』のカボチャ・エネミーの表現が好きで、あの「クケケッ」と笑う感じをイメージしながらエピローグ部分を書いていた記憶。…リメイクか続編製作してくれないかなぁ。


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