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幸せをねがう_150226

「一年の内のたった一日。しかも星の出ている一晩だけの逢瀬おうせなのに、どうして下界の私たちなんかの願いを聞かされなくちゃいけないのかしら?」


 そんなのあんまりよね。そう嘆く君が、率先して笹を飾る役なのもあんまりだよなと、僕は苦笑する。その意味するところを察してか、彼女は口先を可愛らしくとがらせた。


「だって仕方ないじゃない。子どもたち相手に『おねがいごとしちゃ可哀想よー』だなんて、大人から言うものじゃあないでしょう?」


 ――そうだね。大人の考えを押し付けちゃあいけない。

 深くうなづいてみせてから、僕は胸ポケットに忍ばせていた短冊たんざくを一枚取り出した。


「……ちょっと。私の話、ちゃんと聞いてた?」


 疑いを晴らすべく頭を縦に二度ふり、短冊にペンを添えて彼女に差し出す。黄色い折り紙を三等分に切っただけのものだから、君が昨晩せっせと色画用紙で作っていたものより頼りないけれど、それでもいいんだ。

 渋々しぶしぶといったていで受け取ってくれた君に笑いかけてから、僕は空いた両の手を動かす。


他人ひとの幸せを願える人の分なら、きっと叶えてくれるよ』


 いつもの感動屋な彼女ならすぐにも泣きだすシチュエーションだと、我ながら思う。けれど、今日はどうにもこたえていないようで、少しだけ不機嫌そうに静かに短冊たんざくとペンを突き返してきた。


「それなら、『カナが、いつかタクミの声を聞けますように』って書いといてくれる?」


 おそらくこの顔には、見事な疑問符が浮かんでいることだろう。その言葉の意図するところが分からないでいる僕に向け、彼女はイタズラっぽく笑ってみせた。


「だって、〝他人ひとの幸せ〟を願えば叶えてもらえるんでしょ?」


 ――ああ、そういうことか。

 ようやく合点がいった僕は、胸ポケットから残りの短冊を取り出してヒラつかせた。なんだまだあるのかと、彼女が突き出した腕を下ろすのを見届けてから、また手で言葉を紡ぐ。


『それじゃあ、僕も頼んでいいかな? 僕の願いは――』


 さっきは不発に終わったけれど、この〝ねがいごと〟には効果があったようだ。途端にポロポロ泣きだして、手にした短冊もペンもそのままに僕を力強く抱きしめてくれた。

 こんなすぐに叶っていいのかな? 「君に愛されたい」だなんて、そんな大それた幸せ。



   *


 私がひとしきり泣いて落ち着いたあと、二人それぞれに相手のねがいごとを短冊たんざくにしたためた。実はもう一枚あるんだとタクミが言うので、二人で何を書こうか少しだけ考える。


「あ。ねぇ、みんなの願いが叶うように書いたらどうかな?」

『……君さ。空の上の二人に申し訳なくなってたんじゃないの?』

「うっ……ごもっともな御意見」


 そうしてまた二人でうなっている内に、私はとてもいいことを思いついた。ヒラメキの神様、ありがとう! そう大袈裟おおげさに、でも内心でだけ感謝して、断りもなく無言で最後の短冊たんざくにサラサラと書き込む。肩越しに覗いているタクミを振り返ると、その言葉に何度も頷いてくれていた。


 ――みんなが幸せでありますように。


 いいねがいごとだと、声には出さず自画自賛してみる。タクミがくつくつ笑いをこらえているのを見る限り、どうも私の心の声はダダ漏れているみたいだけれど。


「あ、そうだ。これだけ折り紙じゃ目立って読まれちゃいそうだから……」


 思い付くままにそう言って、私は薄っぺらい短冊を縦半分に折った。細長くなったそれを、今度は五角形になるようクルクルとたたんでいく。端っこをり込んで膨らませれば――


「じゃじゃーん! 見て見てっ、お星さまだよーぉ?」


 普段、託児所でやっていることの一端を見せただけのつもりだったのだけれど、どうもツボに入ったようでタクミが笑い崩れた。元々の気恥ずかしさも手伝って、今とても顔が熱い。

 私の顔の有り様を見もせず、彼がこちらに向かって親指を立ててきたのを見て、つられるように私も笑った。


 ――たとえ声が戻らなくても、貴方が笑ってさえいてくれたら私は幸せよ。



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幸せをねがう

〔2014.06.24作/2015.02.26改〕

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* モバゲー某所にてお題「七夕」で書いた500字掌編を、セリフを足して膨らませた作品。


* 初稿版(前半部分)は友人の女声練習に貸した経歴があるので、今もおそらくYoutubeに…。その朗読を聞いて「改稿の余地ありまくる」と反省して加筆したわけですが、余地、そんなに減ってませんね。

(2020.07.04)


* 朗読フリーにします。「無償公開であること、作者名(あずま八重)を必ず添えること」をよろしくおねがいします。(2023.07.07 追記)


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