写し身のサガ_160412

 手元に届いた微かな月明かりにさらされ、赤く濡れた刃が鈍く光る。立っているのは一人だけ――それは、争いの結果を如実に物語っていた。

 吐く息が白くなるには早いが、晩夏の山は寒い。無風であるのを幸いとしても、焚き火の消えた野外に長居しては鳥肌の一つも立とう。もっとも、止まらない体の震えは気温だけが原因ではない。


「……俺は悪くない」


 知らず口から漏れ出た言葉に、彼自身が軽く動揺する。仕掛けられたのは確かだが、初めから殺すつもりで準備していたのは、他でもない自分自身であっても。

「俺は、悪くないんだ」

 自分が自分である為に、男はもう一度否定した。悪いのはこいつらだと。


 事実、Aが食事に毒を盛ったことでSは倒れ、それによってパニックになったKはAを絞め殺してしまった。そうして追いつめられた彼が自衛としてKを手にかけるのも、仕方のない話といえばそうだろう。だが、自分の手元を見たことで、しでかした行為の異常性と残虐性を認識したらしい。

 刺したときの感触、抜くたびに降りかかった血の匂いや温度。男は恐怖のままにサバイバルナイフを後ろに放った。途端、その視界はぐにゃりと歪み、ガクつき始めた膝に手を置き押さえつける。急に動いたことで毒の回りが早まってしまったらしい。


 ここまで進行しては無理かもしれないが、なんとかしなければと思考を巡らせる。そういえば、食事を用意したのはAだが盛り付けたのはSだ。それでAが躊躇なく食べていたということは、きっと解毒剤が――

 ようやくそこに思い至ったとき、突然の衝撃と痛みが背中に走った。男のうなじに、生温かい息がかかる。


「……そうさ、〝お前〟は悪くない。だったら、〝俺〟だって悪くないよな?」


 辛うじて立っているだけの男の肩口を掴み、突き立てた凶器をさらにねじ込みながら、男と瓜二つの人物――Sは囁く。自分と同じであるはずの声には毒の影響が微塵もなく、刺された男にはまったく別物に聞こえた。

 まさかと思いAの荷物に目をやるが、荒らされた様子はない。


「どう…し……て?」

「俺のくせにバカだなぁ。先に拝借して、配膳のときに自分のだけ中和したからに決まってるだろ」


 Sが肩を離せば、男はぐしゃりと倒れこんだ。

 とうに物と化している二体と、物と化すべく痙攣を繰り返すだけの一人。たった五分そこらで収束した足元の惨状を、Sは悲しげに見下ろした。


「――こんな結末、博士が見てたら間違いなく嘆くぜ」


 血塗れのKのポケットからキーを探りだし、山中唯一の足であった車のエンジンをかける。点灯させたライトを頼りに着替えをすませると、煌々と照らされている男たちを振り返った。


「じゃあな、〝四人〟仲良く土に還りな」

 そうしてSは月明かりごと去っていき、図ったように降り出した雨は穢れを浄化する。土中で眠るオリジナルへの謝罪と祈りを胸に、男も薄れていく意識を手放した。願わくば、彼は発症しませんようにと。



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写し身のサガ

〔2013.10.30作、2016.04.12改々〕

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 ――頼まれちゃいないが、説明しよう!

 博士オリジナルは、自身を蝕む病気を治すべく4体のクローンを作り出すも志半ばで死んじゃったんだ。クローン達は、博士の遺言に従って山へ埋め隠しにきたけど、博士の意思など継がず自由に生きるべく殺し合いを始めてさぁ大変!

(体の成長は促進できたけど、精神の成熟が間に合わなかったからだよ!)

 そして俺・KコイツAアイツが争いに敗れ、生き残ったSソイツは立ち去ったのだ!

 ―――― fin.


* 2014年3月1日にも一度改稿してます。2016年に二度目の改稿をした折、上記設定を活かしてもう少しキチンとした短編にしようと、リメイク案をメモしてあるので、その内書くかと。

(2020.07.03)


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