弟分の憂鬱_190215
思うに、〈
わざわざ現地まで行かずとも限定品を手にできる機会であり、しかも数に限りがあるとなれば、みな競って辛抱強く並び、期待に胸ふくらませていることだろう。目の前で売り切れてしまったときの嘆きようは、想像に
そんな場所とは無縁に、平穏に過ごしてきたというのに、今年はワケあって参戦しなければならなくなった。その催事の内容は――
「マジ、
床が抜けるんじゃないかと心配になるほど、狭い範囲に密集している女性たち。そして、その中に分け入らなければならない男が、ここに1人。
正直、チョコなんて甘ったるいものは大嫌いだ。貰えないからヒガんで言ってるわけじゃなく、本当に苦手なのだ。見本や試食品のせいなのか、このエリアに充満している濃いニオイを嗅ぐことすらかなりツライ。
それを知ってて頼むこともそうだが、思いつきで
ため息をこぼしてから列の最後尾につく。絶対に長い待ち時間のおともはラジオだ。喧騒に混じりイヤホンから聞こえる番組は、昼間にもかかわらず下ネタ満載。けれど必要以上にいやらしくならないのは、そこにユーモアがあるからだろうか。
気がつけば自分の番が来た。
店員の女性が『いらっしゃいませ』と
「バレンタイン限定のものを1つください」
俺のその言葉に、店員の片眉がピクリと動いたのを見た。話を聞くに、バレンタイン限定のものしか置いてないらしい。しかも11種類……いや、大小合わせると……ひの、ふの……オイオイ、41種類もあるぞ。どれを買えと言うのだ姉貴よ。
お高いのはどれもそうだから、姉貴好みのカワイイやつを選べば正解だろう。問題は、〈カワイイ〉の対象が中身か
――中身ったって、どれも大差ないか。
パッケージに注目して
うんうん唸っている俺の背に、ため息がかかる。それに焦って顔を上げれば、店員さんの
ええい、ままよ!
「これください!」
「かしこまりましたー」
営業スマイルに戻った店員さんが、チャーム付きのピンクで乙女チックな商品をカウンターに取り出す。
「彼女さんにですか?」
「だったらいいんですけどねー」
「ふふっ。きっと喜んでくれますよ」
心なしか店員さんの目が輝いた。不審がられていないようでホッとする。
「あ! 自宅用なんで、そのままで大丈夫です」
空耳でなければ、『えっ?』と驚きの声が複数ハモっていた。何か、マズイことをやらかした予感しかしない。
早く、一刻も早くここを立ち去らねば。
使命感に突き動かされ、早々に会計を済ませる。どうやって帰ったかは覚えていない。ただ1つ救いがあるとすれば、なんだかんだ、店員さんがお店のロゴ入り紙袋に入れてくれたことだろうか。
「バレンタインのおつかいだけは、姉貴の頼みだろうと、絶対、もうしてやらん!」
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弟分の憂鬱
〔2019.02.15作〕
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※Twitter交流での会話から創作。売れ残りの値引き品には私も寄り付いてました。残りものにも美味がある。(2020.06.06)
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