気になるものをどうぞ

仁義もて戦え_150225

 ――喧騒と痛みを目の当たりにして思い出したのは、幼い頃から父に何度も聞かされた話だった。


「ちょっと先輩方! たった一人に群がって、あんまりなんじゃありません?」


 散々迷った末に声を張り上げる。一斉にこちらへと向き直った4人分の視線と悪意はとてつもなく怖かったが、ここで負けるわけにはいかない。


「私の恩人、放しなさいッ!!」


 自分を鼓舞するべく高らかに宣言して、制服のスカートさえ気にも止めず女だてらに大乱闘を繰り広げる。髪を掴んでの引き倒し。袖口を掴んでの顔面パンチ。そこからの一手は奇しくも空振り後ろからの羽交い締めに合うも、足を思い切り踏みつけて難なく腕をすり抜ける。


 ――見ろ。見るんだ。ちゃんと見てさえいれば避けられる!


 意気込み新たに距離をとろうとバックステップを踏む最中さなか、足払いをマトモに食らい勢いよく後ろに倒れ込む。受け身の取り方は、父から「自分の身は自分で守れ」と体に叩き込まれていたお蔭で後頭部を打たずに済んだものの、そのままマウントを捕られてしまった。


「舐めやがって……ッ!」

「勝てると思ってたのかよ!」


  一方的に殴られ足蹴にされている自分を、どこか遠くから眺める。痛覚が無いわけじゃあない。物理的な痛みよりも「ああ、これが喧嘩なのか」という思いの方が強くて、飛びそうでなかなか飛ばない意識の底で、〝敗北〟の二字だけが今は心に痛かった。


『せぼね?』

『そう、背骨。丸めてしまうと、大事なものから目をそらすことになるんだよ。だから――』


 私からの反応が無いことに飽きたのか単に疲れたのか、暴力の嵐は止んでいた。気付いた途端、処理しきれていなかった本来の痛みをやっと脳が理解したようで、ズキズキと押し寄せる波に堪えられず、横向きにうずくまったままで何度も咳き込んだ。

 あまりに無様な負けの早さに自分を笑う。どこからか運ばれてきた水をかけられたが、それでも私は声をあげて笑った。滑稽だ。なんと格好悪い。助けたいなら、もっとスマートに警察でも呼べば良かったじゃないか。強くもないくせに一人で立ち向かうだなんて、バカ以外の何者でもない。


 仰向けになり、さらに声高く笑い続ける。とうとう気味が悪くなったのだろう、「シラけた」と私の顔にバケツを被せて敵は去り、私と恩人だけがその場に残された。ボロボロにはなったが、彼女を解放することはできた。喧嘩としては負けでも目的は達成できたんだから、これでイイとしておこう。


「私が恩人……? バッカじゃないの!? 他人ひとのケンカに割って来といてやられてるとかアンタ、ただの大バカじゃん!」


 彼女の声が、上方からバケツ越しに刺さる。何と言われようと構わない。私は、ひいお婆ちゃんの言う〝背骨〟をピンと伸ばそうと、〝粋〟であろうとしただけなのだから。


 ──その後に続く彼女の褒め言葉を聞き逃してしまったのは、きっと、被っていたバケツのせいに違いない。



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仁義もて戦え

〔2013.05.13作/2015.02.25改〕

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* モバゲー某所の「SSお題リレー」企画で書いたもの。


* お題もお題(仁義)だからとアクション描写の練習をしようとしたらしい。改稿で多少マシかつ増しになったほう。直前が「背骨を伸ばしてシャンとせぇby祖母」といったSSだったので、遊び心で設定を引用(そのSSの主人公を父に持つ娘を今作の主人公に)しています。

(2020.07.03)


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