旅人の気持ち_080611
さして変わり映えのしない日常から、ふっと抜け出したくなる。そんな誘惑に駆られる瞬間を、誰だって一度は経験してるさ。
毎朝夕、雑踏に混じり定員オーバー気味の電車に乗る時。同じ人と同じ会話を、幾度となく繰り返す時。何かに追われるばかりで、ついつい溜息がこぼれる時。……人間ってなぁ、非日常に憧れるんだよ。
飽き飽きした日常から逃げ出すことの何が悪い? 世の中にある娯楽を見てみろ。ネットにテレビにゲームにエトセトラ。ぜぇーんぶ現実逃避の為にあるようなもんだろ?
家事だの仕事だの育児だの介護だの、あるいは人との付き合いだの。つらぁーい現実とばっかり向き合ってたら、たぁーだ疲れる一方で、目線も声のトーンも下がっちまう。
*
目の前の彼は、長いこと朗々と語っている。その内容は、聞いていて『なるほど』と思う所もあってなかなか面白いのだが、聴き入るあまり調書を書く手が止まらないように、私は気をつけていた。
少しばかり惜しい気はするものの、私は彼の話を
「……だから、無銭乗車しても良い。という結論に辿り着きでもしましたか?」
「いえ、だからそれは最初に言いました通り、財布をどこかに落としてしまっただけでですね、そんなつもりは全く無いんですってば」
先ほどまでの力説ぶりも影をひそめ、彼はしょぼんと早口気味に答えた。なんと言うか――普段からついてない人なんだろうなと、しんみり思う。
現実逃避。それは、我が身を守る為に、時に必要なこと。
でも、ふらっと、バスに乗り込むのだけは止めよう。どこかには行けても、お金が無ければ夢見心地に浸る前に苦労が待っているのだから。
それでも乗りたくなったなら……しっかと準備をして、ぷらりと旅に出ればいい。そんなことを見送りがてら言ったら、ぽつりと彼は呟いた。
「でも……ワクワク感は旅にも勝りますよ」
「え?」
「だって、冒険してるみたいでしたから」
子どもじみた笑みを浮かべ、彼は家路についた。
私はと言えば、そんな彼を羨ましく思いながら、路地を曲がって見えなくなるまで立ち尽くしていた。
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旅人の気持ち
〔2008.06.11作〕
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※友人からのリクエストで書いたもの。mixiにて。
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