地獄からの復縁_151123

 村のはずれに、いつからかちた古い井戸がある。そのはるか底にドンと落とされてから どれほどの時間がっているかなど、俺には知るよしもない。

 只管ひたすらに遠い光を目指して土壁つちかべに爪を立て、ずり落ちる足をふんばり、あと少し、もう少しだと無心にとなえ続けていた。


 井戸の底は、文字通り地獄であった。それに比べれば、なんとが あばら屋の極楽ごくらくなことか。


 無事に此処ここを出たら、女房にょうぼうとまた一緒になろう。ろくに売れない草履ぞうりみ、拾った野菜くずで こさえたマズイ汁を共に食らい、申し訳程度のわら布団ぶとんで共にだんをとるのだ。



 ――それとも先に、俺と女房にょうぼうの仲をいた あの男に、同じ苦しみを与えてやろうか。



 下卑げびた笑いを口のはしからこぼすうち、ついに井戸のふちに手が届いた。持てる力を振りしぼり、俺はこの地獄からズルリとい出す。そうしてうつせでペシャリとつぶれたまま、思いきり息を吸った。

 久々ひさびさぐ 土以外の匂いはどれもやけに美味うまそうで、空腹くうふくを思い出した腹の虫が大きく鳴き始めた。当然だ。井戸に落とされる前ですら、まともに飲み食いできていなかったのだから。


 今の今まで忘れていられた空腹感を満たそうと、だるいながらも上半身を起こす。ふいにどこからかかおってきたご馳走ちそうの匂いにギョロリと辺りを見回せば、〈食い物〉と目が合った。


 考えるよりも早く地を蹴り、腕を伸ばし、獲物えものつかむや いなや、いきおいもそのままに歯を立てる。甲高かんだかい鳴き声に混じってバキリと音が鳴り、生温かい汁が顔に飛んだ。


 みちぎっては咀嚼そしゃくも そぞろに骨ごと飲みくだし、あふれでる朱色しゅいろをすする。



 ――その最中さなか、懐かしい女のあやまる声を聞いた気がした。



===

地獄からの復縁

〔2012.08.26作/2015.11.23改〕

=========


「ドン底からの復縁」というお題に、ある種 直球、ある種 変化球な解釈で応えた掌編。そのうち昔話テイストのちゃんとしたホラーに書き換えられたらなと思って、相変わらずそのまま……。

(2020.06.08)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る