第2話『I konw』

 べつに何を求めてた、というわけじゃない。


 肺の、息を吸う上下運動がいやに重い。

 すれた肋の上に押し付けてくる感覚が起き上がることを拒んでいた。

 覚えているのは、ただ熱の伝導。一方的に与えられる熱さだけだ。


 我ながら最低だと思う。それが一番最初に来るということは、オレのなかで先輩との思い出がただそれ一択だという裏返しだ。


 実際、先輩は寂しがりやだった。


 煤けた天井のように阻まれた本心は、汚れを払ってやらない限り明朗にはならない。

 だから、あの人がほんとうに欲していたものに、オレは最後まで気づいてあげることができなかった。

 ただ当たりまえのことを当たりまえに享受できると、そう信じていた。


 子どもだった。なんの変哲もない家庭に生まれた、なんの変哲もないオレ——。


 力づくで目一杯叩きつけた感覚に溺れる。痛いとか苦しいとか、よくわからない刺激をいっぱいに受け入れて、その答えを探すように体を引き寄せる。

 細い四肢が何度も裏表を変えて、互い違いに交錯する。手足の輪郭が曖昧だ。自分の指先がどこまでだったかも忘れて、どろどろに溶けていく。


 あの瞬間、自分の身体はまったくの別物に思えた。唯一、てのひらだけがさするように指を絡めて、ああ、自分は生きているんだな、という妙な高揚感がまた熱を作る。


 同級生たちが見惚れてたボーイッシュな顔立ちは、今はちゃんと乙女で。普段サバついている印象とは裏腹に、その求めは激しい。

 なんで先輩はこんなにもオレを求めてくれるのか、正直わからなかった。


 明確に違う、別の体温。


 先輩の肌はいつも冷たい。

 やけにその感覚だけは覚えている。 

 熱ばかりがオレに向けられて、いつまで経っても冷えている。

 そんな先輩が時々怖く思えた。


 少しでも熱で包まなければ、途端にそのまま鼓動を止めてしまうのではないかと思うくらい、身体は華奢だった。

 薄暗いなかで、先輩の滲むような目が鈍く光る。


 笑っているのか、泣いているのかわからなくて、オレは目をそらした。 


 先輩と出会ったのは、中一の春——、

 たぶん初恋ではなかった。

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