散歩の途中で読みたくなる本 その4

普段の生活圏内を歩くことを散歩とすれば、バスや電車に乗って出かけ、街を歩くことを「町歩き」という。

ただし、町歩きはある程度の人口規模を持つ街でないと成り立たない。

昔、二年ほど、人口が2,000人に満たない山間の町に家族で住んだことがあったが、ひなびたローカル線の駅から10分も歩けば山だったので、散歩イコール町歩きイコール山歩きだった。

その点、今住んでいる広島市は100万都市なので散歩と町歩きは独立している。

とはいえ当てもなく街をぶらぶらするのは趣味ではないのでめったにはやらないが、もしするとすれば相棒に持って行くのはアーウィン・ショーの短編小説「夏服を着た女たち」だ。


ニューヨークに住む、中年を迎えようとする夫婦が主人公。

ある日曜日の朝、マイクルは妻のフランセスと腕を組んで他愛もない話をしながらグリニッチ・ヴィレッジを歩いて行く。

マイクルがすれちがう女に目をやるのを見てフランセスは言う。

『あなたって、いつもよその女を見るのね』

夫にぞっこんのフランセスはいつか夫のマイクルを失ってしまうのではないかと不安に思っている。二人の間には時に皮肉を込めた、どの夫婦にもあるような平凡な、しかしいかにもアーウィン・ショーの小説らしい常盤新平翻訳のしゃれた会話が続く。


ある日曜日の朝、妻と腕は組まず、他愛もない話をしながら町歩きをするとすれば、途中で喫茶店に入り、窓際の席に座ってコーヒーを注文し、何度か読んだこの小説を改めて読み、読み終えたら窓の外を行く人たち私は眺めるだろう。

目の前を中年に差し掛かろうとする夫婦連れが通りかかると、私はマイクルとフランセスの会話の続きをその二人にさせてみる。

あか抜けた会話にふさわしい、おしゃれをした二人連れの場合にはとりわけ熱を込めて会話をさせてみるだろう。

私の頭の中で「続 夏服を着た女たち」が書かれていくが、あくまで頭の中だけであって、妻に教えるなどというライオンの檻に入るような真似はしない。

アーウィン・ショーだって書き上げたばかりのこの小説の原稿を不用意に机の上に置いておいたところ、妻に読まれて誤解され、(これは小説であって、あくまでフィクションだ)と説得するのに大汗をかいたのだから。


【歩く五七五】

窓越しに街行く人の物語

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