散歩の途中で読みたい本 その3
海辺で読みたい本
沼津市の千本浜に立つと、左手には伊豆半島、右手を眺めれば遠くに清水がかすみ、それらを結んで長く伸びる海岸線が雄大なアーチを描いて駿河湾を抱いている。その海岸線を沼津から富士市まで20キロ近くはあるだろうか、千本松原と呼ばれる一年を通じて緑鮮やかな松林が続いている。
水平線の反対側に目をやると遠くに富士山が望め、全くのところ「ザ・東海道」と呼びたくなるようなあっぱれな眺めだ。
台風で海が荒れると千本浜は無数の漂流物で埋め尽くされる。
ゴミやペットボトルに交じって、大小さまざまな木の枝が流れついている。中には川の上流で倒れたのだろう、川を流れ下り、海で波にもまれるうちに皮がはぎとられ、白くささくれだった地肌を見せている大木が流れ着いていることもある。
沼津に住んでいた時は散歩の途中にそんな流木に腰掛けてぼんやりと海を眺めて飽きなかったものだ。
今、あそこに舞い戻って本を開くとすれば、作家檀一雄のエッセイ「来る日 去る日」だ。
檀一雄がその晩年の『あらまし一年と四ヵ月ばかり』、ポルトガルはサンタ・クルスという海辺の町で家を借り過ごした気ままな独り暮らしを綴った痛快なエッセイだ。
若かった私は檀一雄に大いに影響を受け、沼津をサンタ・クルスに見立てて海に泳ぎ、「檀流クッキング」に倣って料理をし、檀一雄の愛飲したポルトガルワイン「ダン」を飲み、果てはブラジル人にポルトガル語を習って、いつか訪れるポルトガルの旅に備えた…。
1984年、檀一雄と同じ福岡出身ということも相まって檀のファンであった俳優の高倉健がサンタ・クルスを訪ねる「むかし男ありけり」というドキュメンタリー番組があった。
死後十数年たっているのにいまだにサンタ・クルスの地元の人たちから檀が慕われているのを知って、それをわがことのように喜ぶ高倉健に、彼の檀一雄に対する敬愛の念がうかがわれた。
檀一雄は一代の快男児であったとは彼を知る多くの人が言うところだ。
沼津の千本浜で「来る日 去る日」を開けば、檀一雄の空を飲み込むような哄笑が聞こえてくるだろう。
(歩く五七五)
落日の鐘鳴りやまぬ海の果て
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