散歩の途中で聞こえてくる歌 その4
喫茶店の前を通りかかって甦る歌
昔住んでいた町に、今ではその名前も忘れてしまったが名曲喫茶があった。名曲喫茶という言葉自体がすでに死語に近い感じがするが、そこではいつもクラシック音楽をレコードで聴くことが出来た。
仕事の同僚に連れて行ってもらいそこが気に入った私は、その町を離れるまで足繁くそこに通った。
店主の好みなのかチャイコフスキーの曲がよく流れていた。
厚手のカップで出されるコーヒーもうまかった。
喫茶店というと必ず思い出す歌がある。
タイトルもそのものずばり、ガロの「学生街の喫茶店」だ。
この曲がヒットした1973年、私も学生だった。
「君とよくこの店に 来たものさ 訳もなくお茶を飲み 話したよ」
歌はこのように始まるが、当時私もよく喫茶店に行き、「訳もなくお茶を飲み 話した」ものだが、「君とよくこの店に 来た」その君は、女ではなく男だった。
したがって
「あの頃は愛だとは 知らないで サヨナラも言わないで 別れたよ」
というようなことも起こらなかった。
私とは無縁の内容の歌だったが懐かしい。
カフェ全盛の今、昔風の喫茶店はもはや絶滅危惧種になりそうだ。
私が時々散歩の足を延ばす道すがら、よく言えばクラシック、有体に言って時代遅れにすぎる一軒の喫茶店がある。
入り口横のガラス張りのメニューケースには飲み物の他に、スパゲティナポリタン、焼き飯、トーストのサンプルが何年も前から化石のように展示してある。
「若い人お断り」と言わんばかりの店で、中を覗くと常連と思われる年配の客がタバコをくゆらしながら新聞を読んでいる。店の中でどんな曲がかかっているのか気にはなるが、タバコを吸わない私は受動喫煙を強いられる違いないその店に入るのは二の足を踏む。
常連さんも年配のマスターも「学生街の喫茶店」が町に流れていた約50年前には、「店の片隅で」ボブ・ディランを聴いていたかもしれない世代だ。
私はガロの歌を低唱しながら店の前を通り過ぎる。
「時は流れた…」
(歩く五七五)
時流れ学生のいない喫茶店
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