5.状況把握
──『
東の果てに存在する島国であり、面積は他国と比べると小さい部類に入る。
島国ではあるものの対外進出や他国との貿易には消極的で、現在世界の中心に立っている『中央政府』とは国交を結んでいない。
国のトップとして『国相』が政治を取り仕切り、首都には
以上が、自分が今いる国らしい。
ここは桜都の中心、
「君は技術者に襲撃された『白い病棟』から無事に脱出、ここまで流れ着いた訳だ。いやぁまさか僕達もそこから漂流してくるなんて思ってもみなかったよ」
僕はまだ死んでいない。
それは紛れもない事実なのだろう。目の前の男性を見て確信する。
(……助かった……?)
千華共栄なんて聞いた事もない名前だ。説明を受けただけではどんな国かもわからない。
────しかし、あの灰色の村から、白い病棟から、吐き気がする赤の惨劇から逃れることができた。
それだけでも僕にとっては十分だった。
(良かった。……良かった……っ!)
気の緩みと同時に視界が滲み、僕は慌てて目元を擦った。
讃岐と名乗った男は人当たりの良い笑顔を浮かべながら此方を見つめている。
(そう言えば、この人)
僕が目覚めた最初、彼は僕の名を呼んだ。
初対面のはずなのに、彼は僕の名を知っていた。
「……あの」
「何だね」
「僕が何で『白い病棟』から逃げて来た、って分かって」
小さな音を立てて、何かが机の上に置かれた。鈍く光るそれは──
「……あ」
「君の手首に巻かれていたものだ。金属製のタグだね。『De■■■■-W:78 Leon』と刻まれている」
これ、『白い病棟』に収容された『技術者』に付けられる識別タグだろう。ニコニコと笑いながら、讃岐国相は僕に問うた。
「更に漂着当時、君は患者衣のままだったからね。これで『白い病棟』襲撃事件の記事を知っていれば思い当たらない筈がない」
ねぇ楠君、と讃岐国相は後ろを振り返る。ドア近くの壁際に直立していた軍人は、顔をしかめて目を逸らした。
「とまぁそんな訳だ。『技術者』のレオン君。君が何の『技術』を得ているのかは分からないけどね」
その台詞に違和感を覚え、僕は思わず彼に訊ねた。
「何の?その、『技術者』に種類があるんですか?」
僕の問いが予想外だったらしい。笑顔で話していた讃岐国相が目を丸くして僕の顔を見た。
「えっ」
その後彼は後ろの軍人を見遣る。「楠」という軍人は眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
「……恥ずかしながら本官は『技術者』には疎く」
「楠君はともかく、『技術者』本人の君も、知らないの?」
信じられないと言った顔で、讃岐国相は僕に詰め寄った。
「は、はい」
「……もしかして『技術』を駆使した事って」
「ありません」
「まさか『技術者』が何なのかって事も」
「……『人類の敵』という事ぐらいしか」
讃岐国相が天を仰いだ。
何故だか申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。
しかし知らないものは知らないのだから仕方がない。
「黒服たちが僕を捕まえに来たのは、母の葬式の時でした。『技術者』の母親の息子だから捕らえる、といった風に」
「君の母君が『技術』を駆使した事は?」
「いいえ全く。母も僕も『技術者』という事は、黒服たちの口から初めて聞きました」
だから、僕は『技術者』という存在で、『技術者』は「人類の、歴史の、そして未来の敵」で、だから収容されるのだと。その事しか分からなかった。
『……あ、信じてないな?ほんとだって。あたしこう見えても『技術者』だし』
あとはあのターニャという女性。
壁を手で触れることなく破壊し、一人の人間を真っ平に潰した『技術者』。
その力が恐ろしいものである事は体験済みだが、詳細については全く知らないのである。
「それはそれは。『中央政府』も強引だね」
あからさまに肩を落とした讃岐国相が苦笑を浮かべた。
「『技術者』について、ねぇ。僕も『中央政府』程詳しくはないけど、まぁいいか。楠君も聞くんだよ」
「はっ」
彼が大きな返事をした瞬間、机の花瓶が揺れた。
──『
天と地の御使いは仲が悪く、途中で互いに邪魔をしあってなかなか世界創造が進まなかった。
そこで架け橋として人間が生み出された。人間によって彼らの仲は改善され、世界が出来上がり始めた。
その礼として、天と地の御使いは人間に世界創造の技術を授けたらしい。
その数は百。一日に一つ技を授けていったが、人間は百日目で死んでしまった。
しかしその技は消えず、人間の子孫に受け継がれていったそうだ。
火に関する技術、水に関する技術。一人に一つ、世界創造に用いられた多彩な技術を受け継いだ百人は『技術者』として世界の頂点に君臨。王として支配したという。
「その支配がどんなものだったのかは分からない。ただその支配は千年も続いたと言われているね。まあ『技術』を持たないただの人間は彼らの支配下にあった。格差、身分制度は少なくとも存在し、千年もの間、『ただの人間』はその最下層にいたんだ。家畜同然だったとも言われているけど」
────しかし、そんな中一人の男が声を上げた。彼は『技術』を持たない人間たちに語りかけた。
「見よ、我らにも火はおこせる。我々にも技術を用いてものを創り出す事が出来るのだ。その事実を否定し、進歩を奪った『技術者』は人類の──歴史の、そして未来の敵である」
「あ」
聞き覚えのあるフレーズに思わず声を上げる。
「『白い病棟』でも同じ事を言われました」
そうそう、と讃岐国相は頷いた。
「立ち上がった彼らのスローガンだったんだよ」
『技術者』は百人。対する人間は何億人ともいた。世界中の持たざる人間が彼に同調し、ついに状況が覆った。
持たざる人間が勝利したのである。
『技術者』達の支配体制は崩れ、代わりに人間たちによる『北方政府』をはじめとした国家群が樹立した。
『北方政府』の支配は内部クーデターにより五十年でその幕を閉じた。
その後すぐに台頭したのが『北方政府』から離脱した『中央政府』である。
彼らによる世界支配は五百年も、今に至るまでも続いている。
「『中央政府』の方針はシンプルだ。人間による繁栄、これに尽きる。ここで言う人間は『技術』を持たぬ人間だ。天の御使い、地の御使い、更に人外の存在も許していない。獣人だったり悪魔だったりまばらに存在してるけど、『技術者』同様狩られているね」
「あの。よろしいでしょうか、国相」
軍人が困り顔で讃岐国相の話に割り込んだ。
「話の腰を折るようで大変申し訳ないのですが、御使いや悪魔もこの世界に実在していると?」
……その疑問は僕も頭に浮かんでいた。特に悪魔なんて存在は母の読み聞かせの中でしか聞いた事がない。
「もちろん」
讃岐国相はさらりと頷いた。
「迫害から逃れる為に巧妙に姿を変え、身を隠しているよ。『技術者』の支配時から続いていた事だからかなり数自体も減っているけど。……人外、というなら楠君もその存在は知っている筈だよ」
そう言って、彼は意味ありげに軍人を見遣る。
「……そういうことですか。失礼いたしました」
彼の説明で納得したのか、軍人は眉間の皺を消した。
「あの、今度は僕からもいいでしょうか」
「どうぞ、レオン君」
「……その、御使い達が姿を変えているってどうして分かるんですか?」
「そりゃあ見た事あるからねぇ」
「え」
とんでもない発言が彼の口から飛び出し、僕は思わず身を乗り出した。しかし讃岐国相はそれ以上説明することなく、話の続きに入っていた。
「『技術者』は全部で百人。本来なら『中央政府』、いや『北方政府』の治世で滅ぼされていてもおかしくはない。だが現在まで生き残り、存続している。何故か。──『技術者』が死んでも、他の者にその『技術』が受け継がれるからだ」
昔、『技術者』への対抗策を手に入れた『北方政府』は、彼らを家族ごと虐殺するという強硬手段に出た。しかし、『技術』は彼らの親族だけではなく、彼らと近しかった者、話した事があった者──とにかく生前何かしらの繋がりがあった「誰か」に受け継がれていったのである。
それを知った政府は方針を変えた。
見つけ次第殺すのではなく、捕らえて収容する方向へ。その流れの中で『白い病棟』が出来たそうだ。
「まあ最初は収容されても衰弱死したり自殺したりでまた振り出しに戻る、なんて事自体も多々あったからね。それに加え今回の襲撃事件と来た。中央政府の技術者収容作戦はまたまた振り出しへ。これでもうひと押しあれば、パワーバランスが大きく崩れるだろうね。ひょっとしたら世界が滅びるんじゃないかな」
讃岐国相はあっけらかんとした表情でそう締めくくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます