2.問答
「成程ねぇ」
書類をめくり、うんうん頷いていた男が突然振り返った。
「どう思うね、
「は。……どう、ですか」
彼の後ろを歩いていた男が立ち止まる。胸に付けられた勲章が音を立てる。
「本官は一介の軍人です。今から向かう病室の患者については……」
「流石は
楠と呼ばれた男の眉尻が下がった。困りきった表情はごてごてに飾られた軍服に不似合いで、傍を通り過ぎた看護師から失笑が漏れる。
口ごもった彼に、男は読んでいた書類の束を手渡した。
「君も目を通しておきなよ。これから会う予定の患者を発見した、一介の巡査の話だ」
「発見されたのは異国の少年、ですか」
紙面に目を走らせ、楠は口を開いた。
「気になる点と言えば、彼の衣服と手首に巻かれていたという金属製のタグですが」
「何だ、やればできるじゃないか」
男は顔を輝かせると、持っていた鞄から新聞を取り出した。
「君を連れて来たのは正解だったね。他じゃあ皆僕に遠慮してこうはいかないよ」
当然相手は国のトップなのだから仕方のない事だろう。流石にそこまでは言えず、楠は口を噤む。
「樫沢君を連れてくるとうるさくなりそうだからね。代わりのお供として手近にいた君を選んだんだけど」
鼻歌を歌いながら、男は新聞を開いて見せた。
「
紙面にはびっしりと異様な文字が並んでいた。
「ちょっと異国から取り寄せた数日前の記事だよ。『白い病棟』が壊滅とある。『
「『白い病棟』……『技術者』の収容所であると記憶しておりますが」
「そうそう」
讃岐と呼ばれた男は丸眼鏡を押し上げた。
「世界を牛耳る『
白いと言っておきながら色々黒い噂も絶えないよね。讃岐はそんな軽口を叩いて文字列を指でなぞる。
「ほら、この前にも……どこだっけ、イオ……イ……」
「サンクワエラ大陸のイオラ連合王国ですか」
「そうそう、そこのナーヴァって街が『技術者』二人によって水没したんだってね。確か『Sunset』を名乗る革命派組織の仕業だって話だよ……って何だ、知ってるじゃないか」
「知識として知ってはいますが、本官にはあまり馴染みのない言葉ばかりで。『技術者』のその、世界創造の技術がどんなものかというのすらも」
「まあ『技術者』の入国は僕達も歓迎してないし、国内でも見た事がない人が多すぎて都市伝説なんて言い出す人もいるぐらいだから」
何故、彼は突然この記事を見せたのか。からからと笑う讃岐を眺めていると、楠の目の前で人差し指が立てられた。
「国相?」
「連続正解の君に最後の問題だ、楠君。僕の予測ではこの記事と今の状況は繋がっている。さて、ここから僕が言いたい事は何か」
「えっ」
返事も忘れ、楠は目の前の恵比寿顔を見つめた。
「おお取り乱してるな。あと十秒。もうすぐで彼の病室についちゃうぞお」
落としかけた書類を抱きかかえ、楠は必至で頭を絞る。
彼が見せた新聞は数日前のもの。『白い病棟』は海の向こう、『中央政府』の支配下にある離島に存在するという。そこから脱走した『技術者』がいた。
「まさか、その少年は」
「良かったじゃないか楠君。人生初の『技術者』にこれから会えるなんて」
病室のドアが開く。
顔を上げた楠の眼前で、国のトップは笑みを深めた。
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