技術者

１/桜都、漂着

１．事情聴取

　いやね、私も初めての出来事なんでね、何から話せばいいのか全く分からなくて。

　ええと、まず、どうしてその場にいたかといいますと、何も偶然そこにいた訳じゃないんですよ。

　勿論、仕事です。駐在所で書類仕事をしておりました。そこに一人の女子学生がやって来たんですよ。何で分かったか？ええ、制服を着てましたから。

　この近くの学校のものでしたね。その時は平日の昼過ぎ頃でしたから、学生は皆授業を受けている筈です。

　それが息を切らして駆け込んで来まして。ずれた眼鏡も直さずもの凄い剣幕でちょっと来てくれなんて言うんですよ。

　驚きましたよ。その場には私と上司の二人しかいませんでしたから、手を引っ張られるままに連れて行かれ……ああ勿論、上司には許可を貰いました。

　着いた先が松潮浜（まつしおはま）という名の砂浜でした。曇っていて、風もやや強くて。こう、時折押さえつけてないと帽子が飛ばされそうになるぐらいの。

　この砂浜を少し歩いた所ですね。彼女が指差した先に何かが打ち上げられていたんですよ。

　初めは流木かと思いました。魚かとも思いました。でも近づくにつれ、違うと分かりました。

　人だったんです。

　一人の少年が倒れていたんです。青ざめて息をしていませんでしたが、確かに脈だけはありました。

　私は彼女に病院へ連絡するように言いました。その後私は彼の救命処置に専念していました。

　彼の様子？ああ外見。そうですね……茶髪、いや焦げ茶の髪に、目蓋を開けてみたら青い瞳をしていました。驚きました。なんと異国の少年だったんです。

　歳は十七くらいでしょうか。服装は妙でしたね。大層汚れていて黒っぽくなっていましたが、私の所感ですとあれは、病院の患者衣でしょうか。

　他に気になるところ。……そう言えば、彼の左手首に何やら金属製のタグが付いたチェーンが巻かれていました。

　そう、文字が刻まれていて。何と書かれていたか？勿論覚えてますよ。どうにもかすれて読めなかった箇所もありましたが、それでもいいのなら。

　はあ、分かりました。では此方に書けばいいんですね。

『De■■■■-W：78　Leon』

　何を意味するのか？私にも分かりませんよ。何かの番号だとしか。

　はい。彼に関して私に分かる事は以上です。あとは本人が目覚めたら其方に伺ってもらって……はい？何故平日のその時間に女子学生が呼びに来たのか？

　彼女に連れて行かれた先でピンときましたよ。地元じゃ有名な話です。

　あの松潮浜のすぐ近くに岬がありまして。丙午岬（へいごみさき）って言うんですけども。

　あの高さから落ちたらまず助からないってんで、年々あそこから飛び降りる自殺者が後を絶たなくて。しまいには『飛び降り岬』というあだ名までついてしまいました。

　ええ、彼女も飛び降りようとしたのでしょう。あの岬は立ち入り禁止にした筈なんですがね。

　あの岬のてっぺん、登ると松潮浜が良く見えるんですよ。彼女は恐らく、そこに登ってはじめてあの少年に気付いたんじゃないでしょうか。

　自殺より人命救助を優先してくれて助かりました。

　彼女ですか？勿論少年を病院に送った後、じっくり話を聞きました。彼女についてこれ以上話す事は出来ませんが。

　はい。私からの情報提供は以上です。もし少年の目が覚めたらよろしく言っておいてください。