どこまでも走るだけ

 ぼくの家来……?このキツネさんは何を言っているんだろう。




「あなた様のやり方にほれました、あっしは肉食であなた様は草食、他にもいろいろな問題はあると思いますがどうかおそばに置かせて下さいませ!!」


 まあ別にいいけどさ、ぼくの家来になって何をするつもり?


「ありがとうごぜえます!」




 と言う訳でぼくに家来ができた。家来の反対って確か主人って言うんだよね、主人って何をすればいいんだろう。ねえキツネさん。


「キツネで結構ですよ!まあ旦那様はこれまで通り、ただただ走ってくださればいいんです!あっしは旦那様について行きますから、ああおいしい草やうまい水を見つけるぐらいの事はして見せますからどうかおねげえします!」


 ふーん、じゃあいいよ。ぼくは走るのが大好きで食べるのも飲むのもあんまり興味はない。だから誰かが用意してくれるのならばそれもいいかもしれない。





 ……と思ったけど、キツネはすぐに見えなくなった。


「すいません旦那様、あっしの足では旦那様についていけやせん……」



 後ろを見ると、キツネが汗だくになりながら地面にへたりこんでいた。キツネがそんなに速く走る事は出来ないって事はわかってたつもりなのにやっちゃったなあ。しょうがないからぼくの背中に乗ったら?


「いいんですかい!?」


 ああ、それで君がついていけるんならその方がいいから。でもぼくは本気で走っちゃうからもし振り落とされそうになったら言ってね。


「ありがとうございます!」







 そういう訳でぼくは、背中に家来だっていうキツネを乗せて走る事になった。これまでと同じでいいのかどうかわからなかったけど、とりあえずこれまで通りに走ってみたけどおおむね大丈夫って感じ。ねえちゃんとついて来れてる?


「ああ大丈夫です、ったく家来になるだなんてデカい事言っといてしょっぱなからこのザマだなんて、あっしにはそんな資格はないんですかねえ……」




 いやいや、ぼくは毎日毎日たくさん走ってるんだ、その上に体の大きさも違う。一歩の距離がぜんぜん違う。走ってついて行くのは無理だよ、仕方がないよね。


「身の程知らずをお詫び申し上げます………旦那様はいつからそんなに長く速く走れるようになったんですか」




 知らないよ、いつから走ってたのかさえわかんない。ずっとずっと走り続けている内にこんなになった。


 ぼくは自分が何回ぐらい、四季を経験したのかさえ覚えていない。


 おとななのか子どもなのかさえわからない。

 と言うかおとなってのは何?

 シロクマさんみたいに子どもを持つ事?

 それともライオンさんみたいに多くの仲間を作る事?




「あっしにもよくわからねえですけど、まあ旦那様はそんなもんなんぞ越えちまったって事でいいんじゃねえですかねえ。そんな生き方なんぞあっしにはできませんよ、まあそうなるために家来になろうと言い出したんですけどね、おっと旦那様、この辺りの水はうまいんですよ、あっしが保証しますからさあ」


 ぼくのような生き方?そのためにキツネはぼくの家来になったって言うの?ただ走るだけの生き方を学ぶために?


 ああでもいいや、とりあえずここの池の水はおいしいし。ついたくさん飲んじゃう。キツネも飲んでる、おいしそうだ。ぼくが水を飲み終わると、キツネが草を抜いて持って来てくれた。ありがとう、おいしいよ。




「ああ旦那様!」


 どうしたんだい?おや誰か走って来てる、イヌさん……じゃないよね。


「あれはオオカミです!逃げましょう旦那様!」


 オオカミ?オオカミさんがなんでこんな所にいるんだろう。


「そんな事考えてる場合じゃございません!早く走ってください!」


 ああ、うん………………キツネはいいの?


「あっしは構いませんから早くお逃げ下さい!」


 じゃあそうするよ、と言う訳でぼくは逃げた。でもオオカミさんはキツネなんか無視してぼくを追って来た。その口からは鋭い牙がのぞいている。そしてよだれが垂れていて、目はギラギラとしている。ライオンさんよりもずっと血の気があふれていて、ぼくの事を何があっても食べようとしているという感じ。




「お前、お前、お前さえ……!」




 そのオオカミさんはずいぶんやせている感じだ。もしぼくを食べる事ができなければ飢え死にしちゃうんだろうか。お前さえ食べれば死なずにすむ、そう言いたいんだろう。

 でもぼくはあまり食べられたくない。だから走って逃げる。




「お前さえいなければ、俺たちはみんな安らかに過ごせるのに……許さねえ、絶対に許さねえぞ!!今すぐ死んじまえ!」



 あれ?おなかがすいてるんじゃないの?ぼくがいるとなんか困るの?



「そうやっていつもいつもみんなの心を好き勝手にもてあそびやがって……俺が、俺がお前を殺してやる!もう誰もお前に惑わさせない!」



 オオカミさんはずっとぼくと同じスピードで付いて来る。ぼくはただ走っているだけ、それ以外の事は何にもしていない。いったい何がいけないんだろう。


 ねえオオカミさん、教えてちょうだい。


「ふざけるのもいいかげんにしろ、お前と付き合うとみんなおかしくなるんだよ!そうだ、二度とそんなふざけた事を抜かせないようにその首食いちぎってやる!」



 ふーん、足や体は嫌だけど頭ならいいか。ぼくはあくまでも走るのが好きだから頭がなくなっても走れるよね?そうだよね?


「…………」




 オオカミさんは何も答えてくれない。どうしたんだろうと思ったら、背中が急に重くなった。あれ、オオカミさんの息が聞こえる。


「じゃあ、今からその、望み通り、ふざけた事を、抜かす、頭を喰って、やる……!」




 そこまでオオカミさんの声が聞こえたと思ったとたん、背中が軽くなった。そして頭には傷ひとつついていない。いったいどうしたんだろう。まあいいか、とりあえず走ろう。








「旦那様……」


 やがて夜になり、ぼくがおなかをすかして草を食べて眠ろうと思っていると、キツネがやって来た。

 ねえキツネ、オオカミさんはどうしたの?


「死にました……旦那様を追いかけて疲れ果てて死んでしまいましたよ……本当になんていうか、精根尽き果てたって感じの死に方でね……」


 そうか残念だったね。でもぼくだっていつかはそうなるんだ。そうなった時に悔しかったなんて思わないためにぼくは走るんだ。


「旦那様、オオカミは一体何を言ってたんです?やっぱり旦那様を食べて腹を満たそうとしたんですか」


 ううん、どうもそうじゃないみたい。なんかぼくがいるとみんなの気持ちがおだやかじゃなくなるからだって。ぼくがみんなの心をもてあそんでるからだって。ぼくはただ走ってるだけなのに、どうしてなのかなあ。


「……気にする事は何もございやせん。これからもただただ走る、それだけで十分です。それで食事の方は」


 ぼくはさっき草を食べた、でもふと思ったんだけど、それってぼくは草を殺したって事だよね。みんな誰かを殺して生きている。


 オオカミさんは一体誰に殺されたんだろうか。教えてよキツネ。


「旦那様には関係ない事ですってば」


 じゃあ聞かない事にするよ。ぼくには何より走る事が大事だから。


 じゃあキツネ、ぼくは今から寝るから、起きたらまたぼくの背中に乗っていいよ。


 そして明日もまた一緒に走ろうね。

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