ライオンの群れも走り抜ける

 草原だ。なつかしいとかは思っていないけど、なんだかほっとする。いつにもまして速く走れる気がする。いつもの土、いつもの草、いつもの水。





 そしてまた出会ったシマウマさんたちの群れ。今日はこの前よりゆっくりとしてる。おはようと声をかけてみたけど、何も答えてくれない。シマウマさんたちにはシマウマさんたちの都合があるから仕方がないんだよね。



 ぼくはなんとなく、この前と同じようにシマウマさんたちといっしょに走ってみる事にした。ペースもシマウマさんたちに合わせてゆっくりと走る、たまにはこういうのも悪くない。




 やがてシマウマさんたちは首を下ろし始めた。どうやら地面に生えてる草を食べるつもりらしい。ぼくも同じようにご飯を食べようと思い、同じように首を下ろしてそこに生えていた草を食べた。でもあんまりおなかがすいてなかったから、半分だけ残して中途半端になっちゃった。


 でもそれでおなかいっぱいになっちゃったんだからしょうがないよね。なんとなくごめんなさいと言いながら頭を上げてみると、シマウマさんたちが違う方向に向かって走り始めた。どうしたんだろう。


「逃げろよ!」


 逃げろ、つまり誰かにおそわれているらしい。シマウマさんたちがおそわれるのは、別にめずらしい事じゃない。この前はチーターさんだったけれど、今回は誰なんだろう。ぼくはその事が気になって仕方がなくて、あんまり本気で逃げる気になれなかった。走る事が大好きなはずなのに。



 そしたら、気が付くとぼくに向かって何かの群れが迫って来ていた。おっきなたてがみを持った生き物……あっライオンさんたちだ。

 チーターさんと同じように、やっぱりライオンさんもぼくを食べようとする生き物だ。


「逃がすな!」


 先頭を走っている黒くてふさふさとしたたてがみを持ってるライオンさんがぼくに向かって来る。そしてそのライオンさんの声とともに、他のライオンさんが左右に散らばって行った。

 たてがみがあったりなかったりする、ここまで来て、なんとなく逃げなきゃいけないのかなーって事に気が付いて向きを変えて逃げようとしたけど、その先にはライオンさんが三人もいた。これじゃ無理だよね。どこを向いてもなんかライオンさんがいる気がする。いったい全部で何人ぐらいいるんだろう。



「ふふふ……」


 あ、笑ってる。ライオンさんが笑ってる。でも口では言わないけどさっきのライオンさんに比べてあんまりたてがみがかっこよくない。どうしてなんだろう。やはりぼく食べられちゃうんだろうなあ。


「そうだよ、ずいぶん引き締まった肉をしてるじゃねえか。うまそうだよな」

「でも脂肪が少ないのがちょっと物足りないって言うかね」

「んな事言ったってよ、こんだけの存在なら丸一日何も喰わなくてもいいんじゃねえか」

「そんなほどかしらねえ、たかがシマウマ一頭とそんなに変わらないじゃない」




 みんながぼくの体についていろいろと話し合っている。ぼくがそんなにごちそうなのかどうか、自覚はない。走っていると脂肪が少なくなっておいしくなくなるらしい。それはいい事なの悪い事なの?ねえ教えてくれない?


「あのな、んな事知ってどうするんだよ。今からお前は喰われるんだぜオレたちに、でしょリーダー」

「……………」


 リーダーって呼ばれている、真っ黒でふさふさなたてがみを持ったライオンさんはじーっとぼくをにらんでいる。ぼくはそのライオンさんをじっと見つめてみる事にした。不思議な事なんだろうけど怖くはない。

 さっき少しキョロキョロしてみた所どうやらぼくは七人のライオンさんに囲まれているらしい。たてがみを持ったライオンさんが四人、そうでないのが三人。




「こいついったい何言ってるんですかね、今から喰われるってのが全然わかってないみたいですよ

「どっから喰って欲しい?それぐらい選ぶ権利は与えてやるよ」


 うーん、まず足だけは絶対に嫌だ。足がなくなったらもう二度と走れなくなるから。そういう事で言うと胴体だって困る、足を支える物がないと走る事もできないから。じゃあ頭かな、頭がなくなっても走る事はできそうだから。




「あの、リーダー………………」

「あんたね、頭がなくなったらどっから栄養を取るってのよ」


 でも、それでも今は満腹だし、あんまり食べるの好きじゃないから少しだけでも長く走れる方がいいのかなって思うんだけど。ああついでに頭がなくなったら体も軽くなるからその方がいいのかなーって。


「リーダー、これ以上こんな奴の口上を聞いていても時間の無駄ですよ、とっととやっちゃいましょうよ」

「お前たちは別の獲物を探して来い、私がなんとかする」

「ああ、はい……」


 リーダーさんの隣にいたたてがみのないライオンさんがリーダーさんを催促すると、リーダーさんは他のライオンさんをぼくから離した。

 六人のライオンさんはなんだかつまらなさそうな顔をしながらどこかへ走って行った、いったい何が悪かったんだろう?ねえ教えてよ。




「お前は一体何を望んでいる?」


 ぼくとリーダーさんは二人っきりになった。リーダーさんは何が悪かったのと聞いたぼくに対してこんな質問をぶつけて来た。


 まただ、なぜこういわれるんだろう。シロクマさんからもサソリさんからも、なぜこんな所に来たんだって聞かれた。ただ走ってただけ、走ってたらいつのまにかたどりついていた。そしてそう言ったら二人とも早くお前の場所へ帰れと言われた。


「…………………お前を食べれば長生きできそうだという事はわかった。でも私にはそんな資格はない。もちろんあいつらにもだ」


 そう素直に答えたらリーダーさんはしばらく黙った後そう小声でつぶやいた。あの、えーと、じゃあ誰ならばいいの?


「私にはわからん、というかわかる者がいたら是非とも出くわしてみたい物だ」


 えーと、それって、その……。


「早くどこかへ行きたまえ、私たちは君一人ぐらい食べなくても飢え死になどしない。私はこれから仲間たちを追う。ではごめん」




 あの、ちょっと……あーあどこかにいなくなっちゃった。あのライオンさんたちはいったいどうしちゃったんだろう。もうわけがわかんない。


 まあとりあえず無事だったしとにかく走る事にしようと思っていると、茶色い体をした生き物がのそっと現れた。えっと、名前は……。


「ハイエナだよ」


 ああそうそうハイエナさんだ、そんなに機嫌が悪そうな顔してどうしたの?


「俺には、お前を倒す事はできない。お前より足は速くないし、牙や爪も鋭くない。お前にちょっと傷をつけた所で逃げられるのがオチだ、だから本当ならみんなで襲いかかってやりたいところだけど今はそれもできない」


 そうだったね、ハイエナさんも肉食なんだね。でもぼくはやはり食べられるのが嫌だから逃げたいんだけど……。


「実はよ、俺らはあのライオンの旦那たちと約束してたんだ。危険で難しい狩りは旦那たちが請け負う。その代わりに俺たちが旦那たちの食い残しをいただくって約束をな。だってそうしねえとハエがたかってかなわねえ、旦那だってその事を気にしてんだ」


 そうだったんだ。ぼくはそんな事はぜんぜん知らなかった。なんかまたひとつ賢くなった気がする。ありがとう。


「ありがとうじゃねえよ!お前がその舌で旦那たちを丸め込むもんだから、こっちは飯にありつけなくなっちまったんだぜ!どうしてくれるんだよ!」


 うわわっ、ハイエナさんが飛びかかって来た!怖いから逃げよう!


「おいこら逃げるんじゃねえぞ、今度会ったら絶対殺してやるからな!」


 ハイエナさん怖いなあ、ぼくが一体何をしたって言うんだろう。でもぼくが何も言わずに黙って食べられていたらハイエナさんだっておなかいっぱいになれていたんだろうな、でも走れなくなるの嫌だから、ごめんねハイエナさん。







 ぼくがハイエナさんにごめんなさいを言いながら走っていると、びっくりした事にさっきのライオンさんたちの群れに出くわした。

 でもライオンさんたちはぼくの事を見向きもしない。チラッと横目で見ただけだけど、なんかさっきより少しやせている気がするのに、どうしてなんだろう。


 まさかライオンさんはぼくの事が見えていなかったんだろうか。先頭にいたリーダーさんもまったくぼくって言う獲物の事を気にかけようとしないで、どこにいるのかわからない別の獲物を探していた。ぼくってまずいのかな。


 とりあえずおなかがすいたのでぼくは草を食べた。あんまりおいしくない。そしてちょっと歩いて見つけた川の水を飲んだ。やっぱりあんまりおいしくない。なぜだろう。何かおいしくない理由があるはずだ、でもわからない。たくさん走っているとお肉がまずくなるんだろうか。まあ走れなくなるの嫌だからまずい方がいいんだろうけど。




 そんなどうでもいい事を考えながら走っていると、ぼくの目の前にまた別の生き物が現れた。その生き物は四本の足を空に向けて投げ出していた。ぼくが何事かと思って止まると、その生き物はひっくり返ったように起き上がって今度は両前足を組み合わせて頭を地面に付けた。えっと、キミは……。




「あっしはキツネでございます!あっしを家来にして下せえ!」

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