炎の魔女

夏井 燐

第1話 炎の魔女

ハナ・アリアナは小さな欠伸をひとつした。


重いまぶたを無理やり開ければ、痛いくらいの日差しが脳裏に差し込んでくる。


吹き抜けから見える景色は青々としていて、一日の始まりを快く迎えてくれる。じっと目を凝らせば、小鳥が3匹飛び交い小気味よいリズムでダンスを踊っている。


「君たちは朝が早いなぁ」


彼女はさっきまで寝ていたベッドに腰かけ、思慮にふける。


さて、今朝の献立は何にしようか。


目玉焼きにトースト。すぐに思いつくのはたいてい簡単なもの。


簡単だから味気がない。だけどそれが悪いことだとは思わない。


シンプルな料理はすぐに応用が効いて、自分好みの味にできるわけだし、そうでなくても、腹ペコな時に食べてみるとおいしく感じる。


つまりどういうことかというと一人暮らしの朝食なんて、そう手間暇かけて作るものではないということだ。


「さて、朝食も済ませたことだし、魔法の調子でもみてこようかな」


手頃な木の枝を調達して、魔女は庭へと向かう。


人口はすでに万を超え、発展に発展をかさねた巨大王国ドレッセル。


こんなにも多くの人がこの国に住んでいるが、魔法を全く使わないという人はそのうちの数パーセントにも満たないだろう。


ひと昔前までは魔法使いの専売特許であった魔法も、今では生まれてきた子どもが母親から教わる算数くらいの珍しさになってしまった。


それもこれも、魔法使いの家系のひとつである我がアリアナ家が、持ちうるかぎりの英知と許されるだけの時間をかけて、魔法そのものを研究した結果なのだそうだ。


おかげで、きちんとした手順を踏んでの詠唱、正しい道具、あとはちょっとした努力があれば誰でも魔法を使えるようになったらしい。


「まあ、本人の努力よりけりなところは、剣術なんかと全く変わらないのだけどっ!」


いけない、手紙のことをすっかり忘れていた。


わざわざこんな深い森の中にまで足を踏み入れ、手紙を届けてくれた王の使者のためにも、行かないのは礼儀に反するだろう。


何用かは知らないけど、とりあえず行ってみよう。


こうして魔女は焦げだらけの的を背にして、特に思い入れのない家を去った。


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炎の魔女 夏井 燐 @ran7

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