第八話 - テンカ - 11

 なんで? と思った。


 あんなに一緒にいてくれて。私と遊んでくれて、仲良くしてくれて。助けてくれて、笑ってくれて。先輩も、私のことが好きなんだと思ってた。だから一緒にいて、優しくしてくれるんだと思ってた。


 先輩の言うことが、全然頭に入らない。聞かなきゃいけないのに。先輩が私を好きになってくれない理由を、教えてくれているはずなのに。


 ピリリリリ、と着信音が鳴った。私のじゃない。

 先輩が慌てて携帯を取り出そうとして、それを取り落とした。

 私の目の前に転がったそのディスプレイには、名前が書いてある。


『白神叶奈』


 女の子の名前だ。私の知らない、女の子の。



 ――――わう、と。


 背後で犬の鳴く声がした。続いてヒヅメのかちゃかちゃ鳴る音。思わず振り返ると、犬がいる。橙色の、夕陽を背にして。先輩におんぶされて通った、あの思い出の畦道を背にして。灰色の毛並みの、黄色い瞳の、大きくてかわいいわんちゃんが、ひとりぽつんとお座りしている。


 ああそうか、と私は気づいた。私はこの犬と同じだ。可愛がられてただけなんだ。


 犬みたいに、犬みたいに、犬みたいに、犬みたいに、

 遊んでもらって、助けてもらって、仲良くしてもらって、優しくしてもらっていた。


 どうして気づかなかったんだろう。私は犬だったんだ。

 平桐先輩の、かわいいかわいい、愛玩犬。

 でも、いくらかわいくても。

 犬と恋愛する人間は、いない――。


 そう思った、次の瞬間。目の前の犬が、大きく口を開いて。

 私の身体より、身長よりもっと大きく、口を開いて。


「はは」と私は笑った。


『俺見てましたけど、そいつは盗ってないっすよ。監視カメラとかに映ってないっすか』


 先輩、今回も救ってくれますか――?


 私はそのまま、わんちゃんに飲み込まれた。

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