第八話 - テンカ - 4

 ある日の放課後。俺は《天火てんか》を頭上に見ながら近所のショッピングモールを歩いていた。もしや雪駄せったが売っていないかと思って足を運んだのだ。

 雪駄は最初に白神に電話した際に通販サイトで購入しておいたはずだったのだが、どのタイミングで誰が間違えたのか、家に届いたのは草履ぞうりだった。雪駄といえば裏地に金属の板がついていて、歩くとチャリチャリ音がするものだ。それくらいの教養は俺だって(白神から聞いて)知っている。果たして草履で扇いでも《天火》にはなんらかの効果が見込めるのか、それとも雪駄であることが大事な意味を持つのか。試してみようにも、《天火》はいまだ遥か上空をふよふよと漂っている。それならやはり万全を期し、ちゃんとした雪駄を手に入れておきたいところだ。だが結局モール内にも該当しそうな店はなく、靴屋にも当然売られていなかった。万事休すだ。

 俺はモールの一階で吹き抜けの窓から空を見た。視界にぼやけた《天火》が映る。

 眠い。物凄く眠い。夜更かし生活は今日で何日目だろう。俺個人へのダメージという点では何気にいままでで一番の事件かも知れない。まさかあの火球、俺の生活リズムを狂わすのが目的じゃなかろうな……。そんな仮説を白神に話したら、どういう反応をするだろう。また今夜電話で言ってみようか。


「あれ、先輩?」

 俺が天を仰いでいると、背後からよく知った声がかかった。気の抜けた阿呆っぽい声色。もちろん一個下の後輩・相葉あいば八重子やえこだ。

 俺が振り返ると、八重子は手に持っていたものを背後へ隠した。毛糸玉、のように見えたが……時期外れだな。なんだ? と思ったが、突っ込む気力がない。

 自分から声をかけたくせに、八重子はごまかすように「えへへー」と笑う。

「何、見てたんすか?」

 八重子が俺に並んで天を仰ぐ。当然だが、こいつに空の《天火》は見えない。首を傾げながら視線を上へ下へ。しながら徐々に、眉をひそめた。

「……なんだよ」

 俺が問いただすと、こんなことを言い始める。

「先輩、まさかこのエスカレーターで女の子のスカートの中を……!?」

「見てねえよ」

「そうですか」

 すると八重子はハッとした顔になる。

「それじゃまさか、男の子のズボンの中を……!?」

「だから見てねえよ! どういうキャラ付けなんだ俺は! お前ん中で!」

「そうですか……」

「なんでちょっと残念そうなんだよ……」

 俺はがっくりとうなだれた。余計な体力を使わせないで欲しい。

 が、まあ悪気はないのだろう。案の定、

「えっへへー、すんません。ジョークっす」と八重子は笑う。

「でも、じゃあ、何を? 星でも見てたんですか?」

「ん? ああ……」

 俺は空の《天火》を見上げた。

「似たようなもんかな、ある意味では」

「へえー、先輩、なんだかこないだからちょっとロマンチックっすね。なんか変なものでも食べました?」

 そう指摘されるが、はて? 俺は最近そんなロマンっぽいことを言っただろうか。正直寝不足で、記憶を手繰るのが億劫おっくうだった。一緒に帰りましょ、と言われて、俺は頷く。

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