第八話 - テンカ - 2

「こんばんは姉貴。今日はエロゲーしながら寝落ち配信してないんすね」

「違うよぅさっきまでしてたもん。だから背中痛くなっちゃったんだよぅ。祐士ゆうしくんもみもみしてよぅ」

「姿勢悪くしてっからっすよ、まったくいい歳して……」

「歳は関係ないもん」

「はぁー……」と俺はため息をついた。

「ちょっとまだ通話中なんで、後にしてください。明日揉んであげますから。――あと、ナイフ貸してください」

「お、殺す系?」

「まあ、そんなようなもんっす」

 ほい、と言ってかしゃーんとナイフを放って寄越す姉貴。怪異を消すことができるナイフ――《アカガネ》だ。俺は小さく「ども」と言ってそれを拾った。手にずっしりとくる重さ。

「最近よく使うねぇ。今年何キル?」

「え? んん、わかんないっすけど……」面倒くさい質問だ。俺は一月からのアカガネ使用歴をどうにか思い起こす。だが。

「……なんだかんだ、ゼロキルっすね」

 自分でも意外なことに、そのようだった。

「そうなん? あれ? ちょくちょく借りてってたよね?」

「結局使わなかったパターンが多かったんすよ。下手したら去年の冬くらいから全然かもです」

「へぇー、変なのぉー。いつのまに喧嘩嫌いになっちゃったのー?」

「喧嘩っていうか……まあ、ああいうのは片っ端から消しゃいいもんでもないって、知り合いに言われたんで」

「知り合い?」と姉貴が目を丸くする。

「お友達に話してるの、眼のこと?」

「あー、まあ、はい」

「ふぅ〜ん……八重子ちゃん?」

 ふは、と俺は笑った。あの阿呆にだけは絶対言えない。

「違いますよ。ほら、白神って覚えてませんか? 前に話した、委員長の」

「んんー?」と姉貴は人差し指をあごに当て。

「ああ、眼鏡巨乳の」と言った。どーいう覚え方だよ。

「ふぅーん、そっかー……」と言って、姉貴は興味を無くしたのか、そのまま自室に戻ってしまった。まあ、納得してくれたならいいか。


 俺は借りたナイフと、一階からとって来た水を持って部屋に戻る。スピーカーモードにした携帯から、気配を感じた白神が『おかえりなさい』と朗らかな声を出した。

「おう」と返事をしつつ夜空に目を向ける。空に浮かぶ《天火》は引き続き無関心そうに、不吉な橙色をして揺れ続けていた。


 ◆


 ことの起こりは三日前の放課後だった。


「やー、さっきはびっくりしたっすねー。春だなぁって感じっす」


 下駄箱で靴を履きつつ、俺は一個下の後輩、相葉あいば八重子やえこに同意した。


 先ほど、わざわざ二年の教室まで迎えに来た八重子と俺は、ちょっとした場面にでくわしたのだ。教室の隅から歓声が上がり、目を向けてみれば、ある男子がある女子に告白をしていた、という場面である。それでじっと見ているのも良くないと思い、俺たちはそそくさと教室を出てきたのだ。

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