第七話 - ウシロガミ - 12

 ん? だが待てよ?

 肝心なところがまだ説明されていないではないか。

 俺は疑問を口にする。


宗二そうじさんの差金だとするといろいろ筋が通るのはわかったぜ、白神しらかみ。だが、わざわざそれを俺のバイト先でやった理由は結局なんなんだ? 三人が揃えられそうな場所なら、別の店でもよかっただろう」


 そう訊ねると白神は「うーん」とあごに人差し指を当てた。あれ? 意外だ。やはりその辺は詳しくわかっていなかったのか? 白神らしくもない。そんな風に思っていたら。


「やっぱり、教えてあげない」と拗ねたように言われた。

「はあ!?」と俺は思わず声をあげる。


「ほ、他にもあるぞ。もし宗二さんの計画が白神の言った通りのものなら、事前に白神にも狙いを伝えておいて、その上で協力してもらえばよかったじゃないか。なぜ宗二さんはそれを白神に言わなかった?」

「さて、どうしてでしょう?」

「それに、白神は黒部くろべと仲が良かったんだろう? 昔のこととはいえ、どうして『絶対にくっつきそうにない』って言い切れる?」

「さて、どうしてでしょう?」

 白神はにっこり笑っている。しかし目が笑っていない。自分で考えろということか? 

 ……俺は話題を変える。

「しかし、宗二さんが案じたにしちゃ穴の多い策な気もするけどな。それに随分と遠回しに聞こえる。感情ベースになっているというか、不確定要素が多い。実際うまくいったのか、これ?」

 確かに黒部と姫乃ひめのはいまお互いの気持ちを話し合っているところだろう。しかしその上で、よけいこじれることだってなくはない。

「さあねー、さすがにそこまでは想像するしかないけれど」と白神はぱらぱらと両手を振る。

「でももう結果は出たみたいよ?」


 そう言って目をあげる。視線は俺の背後へ。

 それに気づいて振り向くと、姫乃を引き連れた黒部が気まずそうな顔して立っていた。


「あの……悪いね、騒がせちゃったみたいで……」

 黒部が言うには、今日はこのまま帰らせてほしい、とのこと。これから姫乃を家まで送るらしい。黒部は白神にも頭を下げたが、白神はにこやかに「全然気にしないで」と笑った。

 姫乃は背後で申し訳なさそうにしょぼくれていたが、白神が笑いかけると薄く笑い返した。


 俺は白神に一言伝え、レジに入る。黒部は白神との食事分と姫乃の分、二席分の会計を行って店を出た。このまま二人で帰るのだろう。うまく行ったようで良かった。

「店員さん、今日はありがとう。背中を押してくれて」

 帰り際、姫乃さんがそんなふうに礼を言ってくる。俺は姫乃さんの後ろ頭に目を向けた。先ほどまでそこにあったはずの、一時はただならぬ妖気を放っていた《後神》は消え、代わりにそこには青く丸い、幼い少女がつけるような髪留めがついていた。

 もしかしたらそれは子どもの頃、黒部がプレゼントしたものなのかもしれない。姫乃はそれを、大事に取っておいたのだ。こんな時につけてくるために。

「その髪留め、確かに子どもっぽいかもですが」と俺は言った。

「よく似合ってらっしゃると思いますよ」

 すると姫乃はにっこりと。はにかんだような、嬉しそうな笑みを浮かべて、店を出ていった。

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