第七話 - ウシロガミ - 11

「……は?」と俺は首を傾げる。

 お父さん、ということは宗二そうじさんの差金ということか? どういう意味だろう。


 ツテがあったのかも、ということなら考えはした。俺たちが住んでいるのは小さな町だ。店長の大江山さんは俺の親父の元級友。それなら白神の親父さんともなんらかの繋がりがあるかもしれない。そういうことなら話はわかる。

 だが『差金』という言い方は、そこにもっと宗二さんの意思が入り込んでいるような言い方だ。


「どこから説明しようかな……」と言いながら、白神しらかみは続ける。

「まず黒部くろべさんと姫乃ひめのさんて、私の親戚筋とか血縁の人たちからしたら、すっごい有名なコンビだったんだよね。子どもの頃に私が遊んでもらった時だって、黒部さんと姫乃さんと私の、三人で遊んでたんだから」

「なに?」と俺は眉を寄せる。

「三人で……?」


「うん。逆に言えば、黒部さんと一対一で遊んでもらったことは一度もないよ。おままごととかするといっつも姫乃さんが黒部さんの奥さん役で、誰が見てもお似合いのふたりだったの。当然その評判はお父さんも知ってるし、だからお見合い相手が黒部さんって聞いたとき、まさかと思ったんだ。姫乃さんのことが好きなんだと思ってたから」

 な、なるほど……と俺はかろうじて頷く。

 それなら黒部が見合いを受けた理由は、本人が言うように、久しぶりに白神に会いたかっただけなのかもしれない。


「黒部さんと姫乃さんて、周りからすれば早くくっつかないかなーってヤキモキされてたんだよね。余計なお世話だとは思うんだけどさ?

 黒部さんって普段はちょっとキザで余裕のある感じだけど、姫乃さんの前ではあたふたしちゃって頼りなくなっちゃう性格だし……姫乃さんはしっかりしてるけど結構ロマンチストなところがあってね? お互い二の足を踏んで、なかなか関係が進展しないのよ」

「あー、なるほど……?」

 俺は先ほど、姫乃が目前に登場した際の黒部の反応を思い出す。確かにそれまでが嘘だったかのように慌てふためいていた。姫乃がロマンチストかどうかまではわからんが、黒部については的を射ているだろう。


「平桐くん、私と黒部さんの会話を聞いてたんなら、途中で黒部さんが『最近フラれたばかり』って言ったの覚えてる?」

「ああ、言ってたな」

 どこまで本当かはわからないけどな。《後神》の件があるから、黒部に他の恋人がいたとは考えにくい。


 だが白神が出した結論は、意外なものだった。


「多分そのフラれた相手っていうのが、姫乃さんなんじゃないかな」

「……なんだって?」

 一瞬聞き違いかと思った。だってそれでは筋が通らない。ふたりは両思いのはずなのに、告白したら断られた、ということになってしまう。しかし白神は、それもありえなくはないとする。


「確かに、一見筋が通らないように聞こえるかもだね。でもそう考えるとお父さんの行動に説明がつくんだ。どうして私の学校復帰直前なんていう、微妙な時期を選んだのか? どうして『今を逃すと頃合いが悪い』なんて言葉が出てくるのか? きっと急がないといけない事情があったんだよ。


 黒部さんはあの通りの性格で、ずっと告白ができないまま、とうとう大学生活も終わりを迎える頃になっちゃった。それで、黒部さんが焦って気持ちを伝えようとして、何か変なことを言っちゃったんじゃないかな? あるいは姫乃さんの方が、何か誤解させるようなことを言っちゃったとか……とにかくそれで黒部さんは『フラれた』と思い込んだ。


 焦ったのはふたりの仲を応援していた周囲の大人たち。見ている方からすればお互いが両思いなのは一目瞭然いちもくりょうぜん。なのにお互いが望まぬ失恋を喫した。このままではふたりとも、すれ違ったまま社会に出てしまう。就職したらしばらくは忙しくなるだろうし、関係性を修復するチャンスは訪れないかもしれない。


 昔馴染みの息子さんを応援していた、うちのお父さんも気が気じゃなくなって、それで一計案じることにした。黒部さんと面識があり、お見合い話を受ける可能性があって、かつ黒部さんとは絶対にくっつきそうにない相手――つまり『私』を黒部さんとお見合いさせて、黒部さんと姫乃さん、両方に発破をかけようとした。こんなところじゃないかな、きっと」


 ははあ! と俺は目を見開く。


 そいつは遠大な計画だ。相当なお節介焼きと言って差し支えない。つまり今回のお見合い騒動は、関係者同士の親が仕組んだ、壮大な茶番劇だったというわけだ。ふたりに発破をかける目的なら、見合いの席に姫乃がいる必要もある。ならばおそらく姫乃の親もグルだ。きっとそれとなく情報を流したに違いない。


 白神は黒部とも面識があり、さらに姫乃との面識もある。万が一姫乃が見合いの席に乱入したとしても、双方と面識のある白神が相手なら大事にはならないと踏んだのだろう。そして実際、その通りに事は進んだ。


 問題となるのは白神が黒部との見合いを受けるかどうかだが、白神家には家訓がある。いわく、『知識と経験は積める時に積め』だったか? 真剣な恋人探しが目的ではなく経験値が目的なのだとしたら、本気で恋人を見つけに来た相手とは、きっと白神は見合いをしなかっただろう。だが以前から面識のある相手なら、久しぶりに元気な姿を見せるという名目で、見合いに行くことの必然性は高まる。それは黒部にとっても同じだ。


 そうして黒部、姫乃、白神の三人はめでたく一堂に集い、再会を果たした。黒部は姫乃への、姫乃は黒部への気持ちを再認識し、いま遠くのテーブルでじっくりと話し合っている。もしかしたらここに白神がいるのは三人で仲良くままごとをしていた頃を思い出させる狙いもあったのかもしれないが……これは流石に考えすぎかもな。


 ――ん? だが待てよ? 肝心なところがまだ説明されていないではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る