第七話 - ウシロガミ - 10

 ――俺は白神しらかみに解説した。


 白神たちの近くに座っていた女性客・姫乃ひめのの後頭部に、特徴的なアクセサリーが付いていたこと。それは人間の《手》のような形状をし、白神と黒部の会話が盛り上がるほどに大きくなっていったということ。飲みすぎて癇癪かんしゃくを起こした姫乃が、俺を『ヒトシ』と間違えて呼んだこと。それで俺は、予約票にあった『黒部仁』という名前がクロベヒトシとも読めることや、姫乃さんの頭の《手》が黒部の手と似ていたことに気づいたということ。最後に、それに気づいた俺が改めて確認すると、黒部の頭にも、姫乃さんのものと思わしき《手》がついていたこと――。


「なるほどねぇ……」と白神。

「多分それは《ウシロガミ》だね。後ろに立つ神で《後神》。気がかりや思い残しがあることを『後ろ髪を引かれる』って言い方するけど、それとの関連を指摘してる文献もあるみたい。根本的には臆病神の一種で、行こうとすれば向かい風を吹かせ、行くまいとすれば囁いて唆す。姿形は一つ目の女性だとも、背の低い小僧だとも言われているわ」

「ふうん、『後ろ髪を引く』ね。だとしたらやっぱ、おあつらえむきだったわけだ。俺はその話は聞いたことがなかったが、あの《手》が本人の想い人の手なんじゃねえかってのは、なんとなく予想がついた。インスピレーションってやつだな」


 俺が《後神》の性質に気づいた理由は本当は別のところにあるのだが、それは省くことにした。当たり前だ。自分の頭に《白神の手》があったからなんて、恥ずかしくて言えるか。


「さて、そこから考えると、こういうことになる。

 姫乃は黒部が好きで、黒部も姫乃が好きだった。つまりは両思いだったわけだが、おそらく互いの気持ちには気づいていなかったんだろう。

 そんな中、黒部は何故か見合いの話を受けた。厳しい親に楯突けなかったのかなんなのかわからんが……とにかく、それでも姫乃への気持ちがなくなったわけじゃなかった。

 そして姫乃は姫乃で、ある日黒部が見合いをすることを偶然知った。動向が気になってたまらずレストランまで押しかけた姫乃は、白神と黒部の会話を盗み聞くうち、気持ちが抑えきれなくなった。そうしてそこへ酒が入ったこともあって、最後には泣き出してしまったと、まあこんなとこだろ」


 解説は以上、という意味も込めて、俺は両手のひらを白神に見せる。白神は「ははあ、なるほどね」と顎に指を当てた。


「そんなことまでわかっちゃうんじゃ、平桐くんに隠し事はできないなあ……」

 そう言って頬を掻き、居住まいを正す。どういう意味かはわからなかったが「いやいや。俺こういう知識、あんま覚えておけねえし」と、こっちも頬を掻きながら返した。そう。お陰で今回のように、白神の力が借りられないと、かなり手間取る羽目になるのだ。


「――にしても、今回は随分な奇遇だったな。まさか白神の見合いを、うちの店でやることになってるとはよ。しかも俺が勤務中の時間帯にだ。偶然にもほどがあるぜ」


 すると白神は「ああ、それは多分違うと思うよ?」と顔を上げる。


「きっとこれ、お父さんの差金だから」

「……は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る