第七話 - ウシロガミ - 9

 ずんずんと。リズム良く床を踏んで、俺はホールを横切っていく。歩く動作で道を切り開くように。目標とする席は決まっている。窓際にある四人用のテーブル――白神しらかみたちのいる席だ。


 俺がまっすぐ向かって行くと「あれ?」と白神が顔をあげた。

平桐ひらぎりくん……? やっぱり平桐くんだよね?」

 ぱっと顔を明るくしながら話しかけてくる。


 目がきらきらしてる。くそ、なんだその顔は。このまま白神に話しかけたい衝動に駆られる。だが、落ち着け俺。そうじゃない。心苦しいが一旦スルーだ。なぜなら俺の目的は、白神ではないから。


「お客様」

 俺が声をかけたのは、白神ではなくその対岸――黒部仁の方だった。

「え? 僕かい?」と自身を指差す黒部。

 白神の知り合いらしい俺が来たのだ。白神に用事だと思うのが自然だろう。だが違う。意外そうにする黒部に、俺は深呼吸してから、こう伝えた。


「実はこちらの方が、お客様にご用があるそうでして」


 そうして俺は背後――手を引いて連れて来ていた、例の女性客に道を空けた。女性客は緊張した様子で、迷いながらも一歩二歩と前に出る。目を伏せて手をぎゅっと握る女性客の姿を見て、黒部が目を見開いた。


「ひ、姫乃ひめのちゃん! どうしてここに……!?」


 言いながら、思わずといった感じで腰を浮かす。姫乃というのか、この女性客。そう思いつつ、俺は黒部の意外な反応に目を開いた。さっきまでの余裕綽々な表情と声。それらがいま一斉に抜け落ち、慌てふためいて「えーとあーと」と言葉を探している。


 姫乃は胸の前でこぶしを握り、喋りづらそうに黒部と白神を見比べた。お見合いに乱入した形になるのだ。それは話しづらいだろう。黒部もハッとした様子で、白神を見やる。


 そして、視線を向けられた白神はきょとん、とした表情を浮かべ、ふたりを交互に見比べると――やがて『どうぞ』というように両手の平を上向けた。


 黒部は申し訳なさそうに会釈えしゃくして、俺と視線を合わせる。俺がこくりと頷くと、黒部は姫乃の手を取った。俺は店長に言って予め空けておいたテーブルへとふたりを案内し、座らせた。「ごゆっくりどうぞ」と小さく伝えて、その席を離れる。あとは若いふたりで、というやつだ。こっちはこれで大丈夫だろう。多分。やれやれ、と俺は一仕事終えた気分で白神の待つテーブルへと向かった。


 俺が戻ると、白神はによによとした笑顔を浮かべていた。なんだか以前見たようなシーンだと感じて、半年前のことだと気づく。学校の門で俺を待っていた白神。表情は違うが、雰囲気はあのときそっくりだ。


「こんばんは、平桐くん?」

 普通に挨拶あいさつされたせいか、気まずさは感じなかった。

 いつものように、俺は返す。

「おう、白神」

 すると白神はじっ、と俺を眺める。

「カッコイイ服着てるんだね」

 俺は笑った。

「うちのはただの制服だ。そっちこそ綺麗なドレス着てるじゃねえか。あー、そのなんだ……」

 言え、言え、と俺は心の中で歯を食いしばる。

「に、に、似合ってるぞ……?」

「わお」と白神は驚いたような顔を浮かべた。

「もしかしていま褒めてくれた? 珍しい。変なものでも食べたのかな」

「んん……強いて言えば泡は食った」

「あっはは、なによそれ」

 一週間ぶりの白神との会話。他愛もない内容だったが、ここにきて俺はやっと、自分が本調子に戻ったような気がした。

 客席に座るわけにはいかないので、俺は立ったまま白神と話し続ける。


「あー……今回の件、説明した方がいいよな?」

「ん、そうだね。よかったら聞かせてもらおうかな? まあ、大まかには予想はついてるんだけど」

「へえ、さすが白神先生」

「あ! 先生って呼ばないでってば。距離がある感じがして嫌だって言ってるじゃない」

「へいへい」

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