第七話 - ウシロガミ - 7


 ――女性客の頭の手は、見るたびに大きくなっていった。


「すみません、同じのもう一杯。それからお水もちょうだい」と女性客が手を挙げた。俺は新たなウィスキーを持っていき、水を注ぐ。


叶奈かななちゃん、そんなに綺麗だったら学校でもモテたでしょう? 僕がクラスメートだったら絶対放っておかないなあ」

「またまた。本当お上手なんだから黒部さんは。どうせ会う女の子みんなにそんなこと言ってるんでしょう?」

「さっきも言ったろう? 僕は思ったことは素直に言う主義なんだよ。そういう叶奈ちゃんも、それなりに満更まんざらじゃなさそうに見えるけど?」

「うーん、えへへ……まあ、悪い気はしないけどね……?」

 むくむく、と女性客の頭の手がふくらむ。


「すいません、同じの。あとお水」と女性客が手を挙げた。俺は新たなウィスキーを持っていき、水を注ぐ。


「叶奈ちゃん、ちょっと前まで入院してたって聞いたよ。大変だったね。体調はどうだい?」

「うーん、結構元気なつもりなんだけど、実際どうなんだろう。自分じゃよくわからないや」

「そういうときは、爪を見るといいって言うよね。健康状態がわかるって」

「あ、聞いたことあるよ。うーん……ちょっと、白いかな? 貧血気味なのかも」

「どれどれ、貸してごらん? ……なんだ、全然そんなことないよ。僕はかわいい爪だと思うな」

 むくむく、と女性客の頭の手がふくらむ。


「同じのと、水」と女性客が手を挙げた。俺は新たなウィスキーを持っていき、水を注ぐ。


「でも黒部さんこそ、さぞ大学でおモテになったんじゃない? お口が達者たっしゃなご様子だもんね?」

「そんなことないさ。実はこないだもフラれたばかりなんだぜ?」

「そうなの? じゃあそれで傷ついちゃったから、なぐさめて欲しくってお見合いに出てきたとか?」

「いやいや、そんなわけないじゃない。今日来たのは叶奈ちゃんに会いたかったからだよ。でもそうだな、叶奈ちゃんがもし傷ついたときは、是非とも相談してほしいね。きっと色々教えてあげられるからさ?」


 すると女性客が『バァン!』とテーブルを引っ叩いた。用意したばかりのウィスキーをごきゅ、ごきゅ、とあっという間に飲み干し、そのままテーブルに突っ伏して注文する。


「同じの! あと水!」


 喧騒けんそうが一瞬沈黙し、なんだ酔っ払いか、みたいな空気をかもし出しながら再開される。俺は、置いてある伝票をちらりと確認した。そしてテーブルに突っ伏す女性客に声をかける。


「お客さん、飲み過ぎですよ。もうそれくらいにしておいた方が……」

「うるしぇ! これが飲まずにやってられるかってんぇい!」


 もはや呂律ろれつが回ってない。後ろ頭の《手》も、いまやもうひとつの頭かと見紛みまがうほど大きくなり、ただならぬ妖気を放っている。いったいあんたに何があったんだ……俺だって人に構っている余裕はないというのに!


 と、その時背後で「んん?」という白神の声が聞こえた。ぎくり、と俺は背筋を伸ばす。


「叶奈ちゃん? どうしたんだい?」

「あ、ううん……ただ、店員さんがちょっと、知り合いに似ているような……?」


 ま、まずい――! 意図せずして目立っちまった! すぐにこの場を離れなければ!


 俺は声でバレないよう、咄嗟に裏声で対応する。


「お、お客様ァーん! 大丈夫ですかァーん!? ご気分が優れないようでしたらァ、どうぞお手洗いへェーん!」


 そう言って女性客の腕をかつぎ、ゆっくり立ちあがらせる。んんん、と唸りながらも女性客は素直に誘導されてくれた。ありがたい! そのまま二人三脚のような姿勢で、俺たちは男女共用トイレへと向かった。

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