第七話 - ウシロガミ - 4
「すいませーん」
賑わう店内で、一名様が手を挙げる。
窓際のテーブル席、身綺麗にした二十代くらいの女性だ。
俺はメモ帳を取り出して、席へと向かった。
「お決まりでしょうか」
「うん、お願い。カリカリきのこのサラダと、カラスミクリームのパスタ。あと、飲み物は……」
女性客の指定した品々を、メモ帳へ記入。しながら俺は、
白神のことはいまでも頭の片隅にある。だがいまのところ、仕事に支障は出さずにすんでいた。へんてこなミスをしたら色々と面目が立たない。そんな適度な緊張感が、俺に
バイト前は規則で身だしなみをチェックするのだが、そのときは正直不安だった。鏡に映る自分が
「――以上でよろしかったでしょうか?」
「ええ、お願いね」
注文内容を繰り返して、問題なかったので、俺は席を離れようとする。
……と、その時俺は、女性客の髪の毛――後頭部の辺りに目を止めた。怪訝な顔をする俺に気づいたのか、「ああ、これ?」と女性客が後頭部に手を当てる。
いわゆるシニョン風にまとめられたその髪には、シュシュやバレッタの代わりに、ヘンテコなアクセサリーが付いていた。
「ちょっと変わってるでしょ?」
「ええ、まあ……ユニークな形ですね」
「よく言われるわ。でも大事な人からもらったものだから、なるべくつけておきたくてね。年齢的にも本当は恥ずかしいんだけど……」
「はぁ、なるほど?」
年齢に関わらずめちゃめちゃ目立つアイテムだと思うし、これを贈り物にした『大事な人』とやらのセンスを疑うが……まあ、ファッションは人それぞれ。俺が知らないだけで有名なブランド品なのかもしれない。
女性客の髪をぐわしと掴む形でぶらさがる、すごくリアルな実物大の、男性のものと思わしき右こぶしに目をやりながら、俺は苦笑いを浮かべた。
「では、お料理が出来上がるまでお待ちください」
「ありがと。楽しみにしてるわ」
そんな会話をして、俺は席を離れた。注文メモを厨房に渡して、待機。料理が出来上がったらそれを盆に載せ、女性客の元へ持っていく。キノコのサラダ、パスタ、白ワイン。綺麗に提供できた。問題なし。
女性が食事し始めたのを尻目に、俺は定位置へ戻り、他の客が注文する気配がないかと辺りを見渡す。……と、そんな折。
「平桐」
背後から長身の男に声をかけられた。店長の
「これから予約客来るけど、予約内容、目ぇ通したか?」
おっと、しまった。
「すぐ見ておきます」
「ん、頼んだからな。ぼーっとしてんなよ」
そう言うと大江山さんは
レジに行って、ボードの予約票を確認する。今日は男女のペアが一組。コース料理を注文しているから、食事のスピードによっては料理のタイミングを調節してもらう必要がある。えーと、女の方は十七歳。高校生か。だとするとペアリングはノンアルコールだな。名前は――
……は?
俺はガッ、と予約ボードを掴んで、目を剥いた。
『
確かにそこには『白神叶奈』と書いてある。おい待て、どういうことだ? これは本当に『あの白神』のことか? だが白神なんて苗字他で聞いたことがない。だとしたらこの相手、黒部仁――くろべ、じん……だろうか? こいつはいったい何者だ。年齢は二十四歳とある。大学四年。今年で卒業か……? なんか似たような話を、どこかで耳にしたような――
ぴしゃーん、と。
雷に打たれたような衝撃が俺を貫く。
つまり――お見合い!
白神が話していた、歳の離れた男とのお見合いは!
今日、これから行われるのだ!
このリストランテ・ヴェリタで!
ちりんちりん。
店の出入り口に吊るされたドアベルが鳴る。
俺が視線を向けると、そこには――ドレス姿の白神がいた。
溢れる知性の中に、少しだけ悪戯っぽさが香る表情。生真面目さを象徴するような大きな眼鏡と、重力が具現化したかのような、つやめく長い黒髪。その身を包む清楚な青いドレス。そこから伸びるたおやかな白い手脚。
俺の命の恩人。尊敬し、信頼する友人にして、俺の現在進行形の片恋相手。
白神叶奈が、ドアガラスを押し開けて、店内に入ってくるところだった。
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