第六話 -ドッペルゲンガー- 14

 規定の時間を越えたので、俺は帰ることにした。

 牛田は俺が診療室を出るまでニコニコとしていた。


 帰りの電車に乗る前、駅のホームにいるときに白神から電話がかかってきた。俺は少し迷って、そのまま電車に乗った。電話には気づかないふりをした形になる。


 ドア閉まります、というアナウンスの後扉が閉まり、発車します、というアナウンスの後電車が動き出す。席が空いていた――というかガラガラだったので、俺は座席に腰を降ろした。目の前の景色が左から右へ、ぐんぐんと過ぎ去っていく。


 俺は、牛田の言葉を思い出す。


『お前は白神嬢に、一目惚れしていたのさ』


 そんな話は、ありえない。

 第一、おこがましい。

 俺が白神のことを好くなど。


 俺はあいつに助けられてばかりだ。命の恩人だし、頭が上がらない。それだけだ。確かに大事な友人ではあるかも知れない。頼りにしている存在でもあるかも知れない。俺が知っている中で、唯一手放しで尊敬できる存在だとも思っている。だが。だが、好きだというのとは――違う。違うはずだ。


 そんなことをもやもやと考えていると、手に持ちっぱなしにしていた携帯電話がぶるりと震えた。SNSにメッセージ。白神からだ。

 う、と詰まりながら、メッセージを見る。


『退院決定! 来年度からまた一緒に学校行けるよ!』


 なんとも言えずため息を吐いて、俺は窓の外に目をむけた。視界の遠く。土手のあたりに美しい桜が咲いている。


 そうか、もうそんな時期か。

 入学式の日、初めて見た白神の姿を俺は思い浮かべる。

 解像度、解像度ね――。


 なるほど俺は、自分に嘘をついていたかも知れない。高校生にもなって、つまらない照れ隠しで、自分を自分で、欺いていたかも知れない。


 あの時の白神は、確かにとても綺麗だった。


 ごう、という風音とともに、電車がトンネルに入る。

 先ほどまで景色が写っていた車窓に、座っている俺が反射した。その、表情。白神からのメッセージが表示された携帯を握る、鏡写しの自分の顔を見て――俺は思わず笑ってしまった。


「なんて顔してんだ、ばかやろう」



【つづく】

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