第五話 - ヌラリヒョン - 3

 月一ほどで開催される姉貴との《デート》が、我が家の定例となったのはいつ頃だろうか。

 最初はただの《荷物持ち》という体だったのが、いつのまにか《デート》に呼び名が変わり、その趣旨もかなり特殊なものになっていた。


 姉貴曰く、

『これは祐士くんにいつか彼女さんができた時、エスコートする練習なのです。女の子はみんなお姫様だかんね。祐士くんは《デート》の間、私を祐士くんだけのお姫様だと思って接してください』

 とのこと。


 なんっじゃそら、ともちろん俺は最初断ったが、そうすると姉貴の機嫌が著しく悪くなるし、《お姫様扱いしろ》と言ったって、姉貴の場合それはいつものことだ。

 休日を一日潰してその後しばらく平穏な生活が送れるなら安いもの。しばらくの間、俺は姉貴のアイデアをしぶしぶ引き受けていた。

 しかし姉貴はこの《デート》の趣旨をあろうことか知り合い中に隠しもせず話して回っているらしく、俺はこないだ知り合いの医師に、


『お前、実のお姉さんと《デート》の練習してるんだって? ぷぷぷ!』


 と破茶滅茶にいじられた。以来それがトラウマとなり、周囲にはなるべく知られないように立ち回っている――のだが。

 俺は今日、相葉家で見た歩くんの怪訝そうな表情を思い出す。


「あれはさすがに不自然だったかなぁ……」


 思わず呟いてしまってから、俺は自身の発言を悔いた。

 案の定、電話の向こうで白神が反応する。

『んん? 不自然? なんのお話?』

「ああ、いや、なんつーかさ」

 自室にて、白神とのいつものお電話中、である。

 危ない危ない、ふと間が空いた瞬間に、別のことを考えてしまっていた。俺はなんとか整合性のある解を考える。

「昨日、外に出たら霧が出ててな。雨でも降ったのかと思って八重子に聞いたら、霧なんかどこにも出てないってんだよ」

『ああ、なるほど。それは多分【煙々羅えんえんら】だね。悩み事がある人の周りで延々煙って、周囲を見えなくしてしまう。これも鳥山石燕が絵に描いた怪異だったはずだよ。ドドメキと同じく』


 ああ、やっぱりアレは《もの》だったか。さすが白神は博識である。

 ちなみに、咄嗟に話したとはいえこの話はほぼ事実だ。


「その時はまさか《もの》だと思わなくて、色々変なことしちまってな。寝不足だったって言い訳したけど、さすがに不審がられてないかと思ってよ」

『ふうん、なるほど? 確かに《煙々羅》とかの自然現象系の《もの》は、平桐くんからすれば本当に起きていることに見えるだろうし、見分けがつけづらいかもだね。地震が起きたように思える怪異、なんてのもいるくらいだし』

 そう言って、うなずく気配。

『よくよく考えると、いままでも知らないうちにそういうのがあったのかも知れないわね? 平桐くんには普通に見えていて、だけど異常だとは思わずにスルーしちゃった怪異みたいなのが』

 言われて、俺はなるほどと思う。

「確かにあるかも知れないな。こないだの――《道祖神》だっけ? あの時も最初は八重子がピアスつけてるように見えただけだったし」

 ひょっとしたら現在進行形で、何か思いもよらないものが、実は怪異である可能性だってある。

『むぅー……』

 白神が、何かに気づいたように電話口で唸る。何やら不穏だ。

どうしたことかと思っていると、


『なんか、後輩ちゃんの話、多いよね。羨ましい』


「……は?」

『ううん、なんでもない。それより、後輩ちゃんってその、まあ、なんというか……素直な子なんでしょう? それなら多分、ちょっとしたら忘れてくれるんじゃない? 心配しなくても大丈夫だよ』

「そ、そうか……?」

 さっきの『羨ましい』というのはなんだったのだろうか。慌てたように白神が話し始めたのでそれ以上追及することはできなかった。

 だが白神、その想定は少し甘いぞ。

 確かに八重子なら、たとえ俺が全裸でチャリに乗って、

『よう、今日はいい天気だな! ヤバダバドゥー♪』

とか言いながら嵐の中を疾走していったとしても、翌日には綺麗さっぱり忘れているだろう。

 しかし弟の、歩くんは違う。あいつは勘が鋭いし、またたちの悪いことに、何かに気づいたとしてもそれをあまり表には出さないのだ。


 明日の《デート》、何事もなければ良いのだが……。

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