第五話 - ヌラリヒョン - 2

 いつもの時間を少し過ぎてしまった。両手に買い込んだ食材を持ち、我が家の玄関を開けると、視界がまっくらに塞がる。

「ゆーしくん、おーそーいー」

 視界を塞いだのは間違えようもなく姉貴の肉体である。上がりかまちの高低差を利用し、抱き着くようにしなだれかかって来ていた。姉貴はたっぱもあるので、結構重い。


 ぐおおおと腰にダメージを負いながら何とか直立の姿勢を維持し、やむなく俺は食材を一旦床へ置いた。相撲の要領で姉貴の姿勢を戻し、そのままリビングまで押し出して、俺は姉貴をソファへ座らせた。

 ふーっ、と一息ついてから、俺は人差し指を姉貴につきつける。


「アホか! 卵割れるわ!」

 すると姉貴はにやりと笑い、

「あたしを待たせた罰ですぞ」

「遅くなったのは悪かったよ、食材まとめ買いしてたんだ。今日はオムライスにするから、機嫌直してくれよ」

 すると言った途端、姉貴の眼がキラキラと瞬いた。 

「おむらいす! あたしゆーしくん許す! 超ごきげん!」

「……はぁ、ありがとうございます。まったく……」


 俺は玄関に戻って食材を回収。今日使わない分は冷蔵庫へ。

 フライパンを熱してバターをぽい。溶けたら玉ねぎと鶏肉をぽい。ちょっとしたらごはんをぽい。炒飯の要領で炒めたら、タイミングを見てケチャップを投入。全体が馴染んだら、ケチャップライスを別の容器に移す。

 お次はとき卵をフライパンにぽい。スクランブルエッグの要領で卵がぽそぽそしてきたら火を止め、中央にケチャップライスを投入。ライスの左右の卵を寄せて形をつけ、端に寄せてからひっくり返すように皿に盛れば完成である。


「ほい姉貴、できたぞー」

「わーい☆ ありがとゆーしくん! 大好き!」

 姉貴はケチャップをべっちょべっちょとオムライスにかけ、まぐまぐと食べ始めた。口の周りがケチャップまみれになる。

「…………」

 まあ、食べ方は人それぞれだ。何も言うまい。

 俺も自分の分のオムライスを作り、姉貴の対面で食べた。


「祐士くんは料理上手だねぇー。お母さんはぜーんぜんできなかったのに、よくぞここまで上達したなぁー……うまうま」

「親父に似たんだろ」

 俺に料理を仕込んだのは母さんではなく親父だ。生前は母さんが稼ぎ頭、父さんが家事全般。そういう役割分担でうちの家庭は回っていたのだ。ま、料理に関しては独学の部分も多いが。


 ケチャップだらけのオムライスを、姉貴はもむもむと口に運ぶ。

「あ、そういや祐士くん。今度の週末、空いてるよね?」

 ……来た。

 前回からぴったり一か月。そろそろ来るころだとは思っていた。

「空いてるよ」

 俺が返すと、姉貴はにっこり笑った。

「いい子さんだねー祐士くんは。えらい、えらい。そんじゃ、その日空けといてね」

 口の中のオムライスを呑み込んで、姉貴は続けた。


「その日はお姉さんと、《デート》しようね」

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