第五話 - ヌラリヒョン - 1

 冬休み明け、初回の休日。

 俺は三人で近所のショッピングモールを歩いていた。


 右を見る。


「おーでかーけ、おーでかーけ、るんるるーん」


 上機嫌で歩く我が姉貴がいた。

 田舎とも都会とも言えない街のショッピングモールにおいては、アホほど目立つスタイルの良さ。通りをゆく人々の視線は一度姉貴に集まり、その後俺に向く。なんだあいつらは、と。


 そらそうだ。

 姉貴は手ぶら、俺は荷物だらけ。姉貴が買った服やらなんやらは、全て俺が運んでいる状態なのであり。

 そしてそれだけならまだしも――


「ガルルルル……」


 唸り声を聞き、俺は左を見る。

 そこにいたのは、半泣きで俺の腕にしがみつき、俺ごしに姉貴を睨みつけながら獣の如く唸っているあほの子後輩・相葉あいば八重子やえこだった。


 両手に花だって? 笑わせんな。

 正直、今すぐ帰りたい。


 ◆


 ことの起こりは二日前。

「学校の発表で、お祭りに関する写真が欲しいんです」

 と歩くんが言ってきたことから始まる。

 可愛い後輩の、弟の頼みだ。仕方なく俺はアルバムをひっくり返し、十年ほど前の夏祭りの写真を一通り持って相葉家を訪ねた。


「すみません、急なお願いをしてしまって」

 応対したあゆむくんはセーターにミニスカート。ストッキングも履いている。歩くんは男の子だが、女の子風の恰好を好むのだ。その整った顔立ちも含め、女の子みたいな男の子、とここではあえて言っておこう。本人がそれを楽しんでいるきらいがあるからな。


 写真だけ手渡して帰るつもりだったが、歩くんがお茶でも飲んでいけと言うもんで、なんとなく屋内にお邪魔する。相葉家のリビングにはコタツが敷いてあり、そこには八重子がつっぷしていた。


「よっす」と俺が声をかけると振り返り、

「んぎゃあ!」と悲鳴を上げる。

「な、な、な、先輩!?なぜ急に我が家へ!?」

 八重子は大層驚いた様子である。確かにお邪魔するつもりはなかったから、八重子には何も伝えていなかった。

「歩くんにお呼ばれしてな」

とだけ説明すると、キッ! と八重子が歩くんを睨む。しかし歩くんはどこ吹く風で、にこにことお茶の用意をしていた。


 促され、俺がこたつにつくと、八重子は途端にソワソワとし始める。そしてこたつの上に広げられていた――写真? をかきあつめ、立ち上がった。

「すんません先輩、私は諸事情につき、この場を辞します! 止めないでください!」

「ん、おお、そうか?」

 すると歩くん。

「あれ、お姉ちゃん! ダメですよ、その写真僕使うんですから!」

「うるへー! 先輩もいるなんて聞いてないぞ! 三十六回逃げるにしかず!」

「それだとただの三十六回逃げた人だな」

 正しくは三十六計、だ。

「まあまあお姉ちゃん」と歩くんは八重子をなだめる。

「今回は、祐士お兄ちゃんにもお写真を持ってきて頂きましたから!」

 ぴたり、と八重子が動きを止めた。

「子どもの頃、お祭りに来ていた祐士お兄ちゃんのお写真。さぞ参考になると思うんですよねぇ……」

「あ、歩……お前……!」

「お姉ちゃんにも手伝って欲しいなあー。どの写真を使ったらいいか、一枚一枚見て確認して欲しいなあ?」


 結局、八重子はこたつに舞い戻り、三人で写真を精査する雰囲気になった。俺もいつのまにか巻き込まれていたが、流れというのは怖いものである。

 八重子がその場を辞そうとした理由はすぐに判明した。

 何年前の祭りの写真か知らないが、最初綺麗なおべべを着てはしゃいでいた写真の中のミニ八重子は、途中で転びでもしたのか服を泥だらけにし、その後ぎゃん泣き。周囲の大人にげらげら笑われながら歩くん(八重子と揃いの綺麗なおべべを着ている)に慰められていた。


「い、いやー! この頃はほら、私泣き虫だったもんで……。恥ずかしいなあ本当……」

 そんな風に八重子は言うが、

「へー、可愛らしい時期もあったんだな」と俺は言った。

「へ?! か、かわっ!?」と八重子が固まる。

「おお、馬子にも衣装って感じだ」

「や、あ……!? 馬子!? 馬子ってなんすか馬子ってーっ!」

 ぽこぽこぽこ、と八重子が俺の肩を叩く。痛い痛い。

 すると歩くんが、

「それを言うなら、祐士お兄ちゃんだって結構なもんですよ」

 と俺の手渡した写真を広げた。

 それを見た八重子が喜声を発する。

「うっははー! 先輩ちっちゃ! えーてかなんすかこの憮然とした顔ー! この頃からこんな面構えしてたんすか!」

「るっせ」


 写真に映るのは、恐らく小学生の時の俺だろうか。憮然とした表情のまま、お好み焼きを喰っている写真。わたがしを喰っている写真。焼きそばを喰っている写真……。

「えー待って先輩全部ひとりだし飯食ってばっかじゃないっすか! 友達いなかったんすか!」

「祭りの楽しみ方がわからなかったんだよ! 間が持たねえから、どうせだしなんか食おうとだな……」

 そしてご指摘の通り、友達はいなかった。当時俺は、俺が見える《へんなもの》のことを隠しもしなかったからな。お陰で結構不気味がられていた。

「ていうか祐士お兄ちゃん、ご家族とかも映ってませんが、このときはおひとりだったんですか?」

「あ?」

 確かに写真には基本、俺がひとりで映っている。   

「ああ、いや、カメラ持ってるのが親父なんだよ。母さんは元々早くからいねえしな。写真撮るってなったら大抵は親父が撮ってたんだ」

「あ、なるほど。お父様は、いまは……?」

「絶賛海外赴任中。うちは十五歳になったら一人前ってルールがあってな。お前ならひとりでもやってけるだろう、ってよ」

 すると八重子が目を丸くする。

「うお、マジっすか。結構アバンギャルドですね、先輩のお父さん」

「お前アバンギャルドの意味、ちゃんと知ってるか……?」

 ちなみに《革新的》という意味だったはずである。どちらかというと真逆だ。

それに、親父はああ言ったが、うちには一応、保護者として姉貴がいるわけで。親父としては、いざとなったら姉貴がどうにかするという算段もあったのかもしれない。


 そういや、一枚も姉貴が映っている写真がないな。あの人はこの時どこにいたんだったか。全くマイペースな奴である。


 そんなこんなで、一応真面目に発表をするつもりらしい歩くんと、発表に載せる写真を選定した。俺は八重子のぎゃん泣き写真をもちろん推したが、八重子にひっぱたかれたので却下となった。


「お陰で大分進みましたよ、祐士お兄ちゃん。ありがとうございました。お礼はどうしましょうか……。ああ、そういえば!」

 そう言って懐から、何かを取り出す歩くん。

「これ、映画館の無料招待券です。祐士お兄ちゃん、映画お好きでしたよね? 良かったらお受け取りください」

 そう言って手渡されたチケットだが、

「二枚あるぞこれ」

「おやおや、本当ですか? でしたら、もう一枚はお姉ちゃんにあげましょう。そうだ、せっかくですから、ご一緒に見て来ては? 今週末にでも」

 瞬間、八重子がむにゃり、と顔を歪めた。

 なんだその表情。ニヤつくのを必死で堪えているように見えるが、俺が年下に映画チケットを巡んでもらうのがツボに入りでもしたか。

 俺はチケットを見やる。なるほど、確かに俺も八重子も絶妙に気に入りそうなチョイスだ。

「わ、私は、週末空いてますけど……?」

 おずおずと八重子が俺の方を見やる。

「ん、まあ、やぶさかじゃないな。今週末だったら確か空いて――」

 と、そこで俺は思い至った。


「あっ!? そうか、今週末はまずい!」


 へ? と。

 八重子も歩くんも、意外そうな表情をこちらに向ける。

「びっくりした……何か、大事なご用事でも?」と歩くん。

「ああ、いや、あー、大したことじゃないんだ。つまり……そう、バイト。今週末は久々にバイトがあって、一日動けないんだったよ。忘れてたわ」

 すると八重子がげらげらと笑い始める。

「げーっ、先輩そりゃ駄目っすよ! きっちり把握しとかなきゃ!」

「お、おう。いやー危ない危ない。だから八重子、すまんが今週末はまあ、家でゆっくりでもしててくれ。外は寒いしな」

「ん、それもそうっすね。あーじゃあひさびさにゲームでもしようかな……」

 うんうんと首肯する八重子。

 しかし歩くんは俺に向けて質問を重ねた。

「祐士お兄ちゃん、今週末バイトなんて入れてましたっけ? 昨日までは入ってなかったような……」

 なんだその見てきたかのような言い回しは。しかも当たっている。

「いや、急に入ったんだ。つい今朝な」


 その後はしばらく下らない会話をして、お開きになった。俺は夕食の買い物もせにゃならない。


「じゃあ先輩、空いてる日あったら教えてくださいね!」

 と八重子は上機嫌だったが、

「ふーむ……」と歩くんはずっと唸っていた。


「…………」


 うまく、誤魔化せただろうか?

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