第一話 - オクリオオカミ - 2

 結局そのまま後輩を家まで届けた。よくぞもった俺の脚。

 八重子は家の数メートル手前で、

「あ、先輩もういいです。降ろしていただいて。大丈夫なんでもうほら、早く早く降ろしてください早く」

 とか言い出したので意地でもおぶったまま玄関まで届けた。インターホンを押す頃には後輩はぎゃあぎゃあ悲鳴を上げていたが、いい気味である。高校一年にもなって転んで足捻って先輩に家までおぶってもらったなど不名誉極まりあるまい。家から出てきた弟さんが口を押えて笑いをこらえていたところを見るに、いまごろ部屋でいじられ倒していることだろう。


「さて」

 ということで、俺は件の石橋のところまで戻ってきていた。空は夜にさしかかりつつある。姉貴の飯もつくらなきゃならないことを考えると、あまり時間はない。

「ふぅ」

 早歩き気味に戻ってきたせいで外気温の割に少し暑い。ワイシャツの首のとこをつまんでパタパタさせながら、周囲にさっと視線を巡らす。さっきと逆の道から来たから、左手に丘。右手に川と小さな石橋。後輩が転んだのはちょうど石橋の前くらいだ。よく見れば地面に血痕らしき跡がある。

「んー?」

 特段怪しいものはない。試しに橋を渡ってみることにする。川は流れが緩やか――というかそもそもそんなに水がなく、橋もそれに合わせて簡素な造りだ。手すりすらないコンクリートの緩いアーチ型。車が通れるくらいの幅はあるが、俺が免許を持っていたなら絶対に渡らないだろう。崩れたらと思うとぞっとしない。

 橋を渡った先も別段何の変哲もない。左右は畑になっていて見晴らしがよく、遠くの林まで視界が開けている。林の右側に最近できたショッピングモールが。左側には駅が見えた。

「ふむふむ、なるほどなー」

 と棒読みで口に出してみる。もちろん何もわかってなどいない。ふと思い出してハンカチを取り出し、ちぎって捨ててみたりもしたが、ゴミになるだけで何の変化もおこらなかった。

「はぁ、帰ろ」

 特に何もないと判断。後輩がドジ踏んで転んだだけと解釈し、俺は踵を返す。ああ時間の無駄だった。ウェイスティング・ターイム。

漫画でも買って帰ろう。ああでも食材も買わなきゃか? そんなことを考えながら戻ろうとして、つま先が石橋の表面につっかかった。

「……っとと」

 体勢を整える。さすがに転びはしなかったが、これでは後輩のことを馬鹿にできない。危ない危ないと思いながら再び歩き始めると、背後から唸るような獣の声がした。

 ハッとして振り向く。さっきと同じ風景。何もいない。気のせいか? だが直後、カチャカチャという音がする。ひづめの音を咄嗟に連想し、急いで首を戻すがやはり何もいなかった。

「おー、こりゃお前あれだわ……」

 今日中に解決すっかなーこれ、と考えながら、俺はため息交じりに呟いた。


「白神案件だわ」


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