怪噺 - アヤシバナシ -
渡柏きなこ
第一話 - オクリオオカミ - 1
「ふぎゃっ」という声が耳に入り、俺は自分が歩いていたことを思い出した。
ぼうっとしてしまっていたらしい。
空は夕焼け。左に川とそれにかかる小さな石橋、右に丘。肩には学生鞄がふたつ。ひとつはもちろん俺のだが、もうひとつはジャンケンで負けて嫌々持たされたものだ。
振り返ると後輩――相葉八重子がすっ転んでいた。
前のめりにである。もしかしたら鼻血が出ているかも知れない。
「ふぅん」と俺は納得して。
そのまま歩き出した。
「ちょ、待ってくださいよ先輩」
「なぜ」
後輩は憤慨したようにする。
「かわいい後輩が転んでるのに手のひとつも差し伸べないんですか! そんなだからモテないんですよ先輩は」
「別にモテたくねー」
仕方なく近づいて、八重子が押さえていた脚を確認してみる。膝を軽くすりむいたようだ。
冷えてきたというのにストッキングも何も履かないからなこいつ。
よし、と俺は頷く。
「全然大丈夫そうだな。そら、いくぞ」
しかし八重子は納得しない。
「いやいや大丈夫じゃないです痛いです。先輩おぶってくださいよ!」
などと駄々をこねる。
「えーやだよ。血ぃつくだろ汚え」
「乙女の血液を汚いとか言うな!」
「うっさ」
しぶしぶ背を向けてしゃがんでやると、八重子は嬉々として俺の背中におぶさった。動けるじゃん、と俺は溜息をつく。
にしたって鞄ふたつを持ったままこいつ自身もおぶるというのは結構重い。大丈夫だろうか俺の脚。
と、俺は八重子が動いた拍子に、変なものが見えた気がした。ふさふさした毛のついた、それは何かの動物のようだった。不思議に思う、というほどの感情の動きもなく、なんとなくそれをよく確認しようとして、振り返ると八重子の顔が目の前に現れた。黒い長髪からふわりとシャンプーの香りがする。
「え、えっと、先輩?」
何やら急に慌てた様子になる後輩が邪魔で、結局ちらりと見えたそれが何なのかはわからなかった。ま、いいかと前を向いて立ち上がる。
「動くぞー」
「おっ、なんかエロいっすねその台詞」
「次近しいこと言ったら落とす」
「そんなことしたら今度はお尻怪我しちゃいますよ」
「バカお前水があるから大丈夫だよ」
「……え、川に? 川に落とす気なんですか!?」
なははー、と笑う八重子だが、背中に回した俺の手がちょっと足首に触れてしまったようで「あう」と笑い止んだ。背中の体重にぐっと力が入るのがわかる。
「おい、なんだ。そんな強くぶつかったかいま?」
「いや、そんなことは……あててて。えー、さっきまでそんな痛くなかったんだけどな?」
「帰ったら湿布はっとけよ」
「うー、すんません……」
八重子が痛がっている左脚を、ちらりと見てみる。
赤い痣が出来ていた。
だがその痣は一般的な打ち身のそれではなく――
なんだか、何かの動物の噛み跡のように俺には見えた。
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