第2話
翌日の仕事に向かうと、数人の看護師がバタバタと動いていた。
クリニックなので、仕事は平日のみ。
そして主婦の多い職場なので、私は彼女達のいない時間帯をうめるべく、15時から20時の間働く。兼業主婦である彼女達は17時半に仕事場から出て、お母さんや妻の役割に戻ってゆく。
「戸田さん、おつかれさまです。妊婦健診お願いします」
17時半に帰る主婦組の看護師の渡辺さんから、渡された患者さんの母子手帳を持って処置室へ行く。
妊婦健診には、体重測定がある。
うちのクリニックでは、医師の診察前に看護師が尿検査、体重測定、腹囲と子宮底の測定を行い、母子手帳に記入し、医師に報告する。
今日の私の一番の患者さんは、24週の津田さん。
妊娠初期の時から、尿検査で尿糖がひっかかり妊娠糖尿病のリスクの高い患者さんだ。
今日の尿検査も、尿糖が+2だった。
体重測定に入る。津田さんは、部屋に入るとかばん、上着、スマホ、さらにはワンピースの下のレギンス、靴下まで脱いで、険しい表情で体重計に乗った。
前回4週間前の体重から、+4kg。
一週間に500gの増加までが許容範囲内なので、これは増加量が多く、声掛けが必要であると私は判断した。
「津田さん、4kgの増加はちょっと増えすぎです。どのような食生活をされてますか?糖質ばかりとっていませんか?」
きまり悪そうに、ポッチャリ気味の津田さんが言う。
「上の子が、食べ残したものとか…。おやつの残りなんかはどうしてももったいなくて食べちゃうんですよね。パパは食べてくれないからぁ…」
「そうですか。でも、津田さんは尿糖も出ているのでできるだけ、糖分は控えてください。元々の体重もあるので、先生からも後で言われると思いますが、これ以上は体重が増えないほうがいいです。」
津田さんの表情が変わった。
「それはわかってます。わかってますけど…!なんかなぁ。失礼ですけど、あなたは結婚して子供がいるんですか?」
突然のプライベートな質問に面食らう。
「いえ、いませんけど…」
「そしたらぁ、気持ちのわかってくれる私みたいな子持ちの人に代わってください。なんか不愉快です!」
小さい子供がいると言うのは渡辺さんしかいない。
「…わかりました。少々お待ちください。」
看護師は指名制じゃないんですけど。
と心の中だけでつぶやく。
渡辺さんの所へ行き、事情を話して代わってもらうようにお願いした。
「ああ、津田さんね。津田さんに体重のことをきつく言っちゃだめよ。ヘビースモーカーだったんだけど、1人目のお子さんを妊娠された時から頑張って禁煙してるのよ。禁煙すると甘いものが口寂しくなって、食べちゃうんだって。でもがんばって禁煙を続けてるから。ストレス溜まってたんじゃない?」
渡辺さんが電子カルテの入力の手を止めて、対応を代わってくれた。
気持ちを察して関わらないと患者さんは心を開いてくれない。
しかし、そういった事情は、普段から接していないとわからない。非常勤だと患者さんと関わる時間も少ないし、そんな情報はカルテを読んだってなかなかわからないのだ。
病院で病棟に常勤で勤めていた頃なら、患者さんの背景を知って、彼らの状況を踏まえた上で体重指導もできただろう。
患者さんに満足に寄り添えない虚しさと、間違ったことは言っていないつもりなのに理不尽なことを言われたという個人としての悔しさが入り混じる。
涙が出そうになることは、この仕事をしているとたびたびある。だけど、今は仕事中。
気持ちを切り替えるしかないのだ。
渡辺さんにお礼を言って、業務に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます