ひだまりの丘
ふくの 里桜
第1話
私は自分勝手なのかもしれない。
だけど、自分の幸せが欲しかった。
小さい頃から、自分を抑えつけて“良い子”をしてきた私には、自分を解放して好きに生きていい時がわからなかった。
大学を卒業して就職した大学病院での勤務から、知り合いのクリニックに非常勤看護師として勤め方を変えた。そしたら、10代で出来なかった、自分探しをするつもりだった。私の精神年齢は、見せかけだけは年相応だが、中身はきっと高校生で止まっている。
土日は専らこもってばかりいるマンションの一室は、激務と引き換えに手にした私の城だ。
土の庭が欲しくて30代のはじめに購入した一階の部屋は、柵はあるものの防犯という面では頼りない。
その隙間をすり抜けると、隣の築何十年のアパートの庭に出る。心なしか私の庭より広い。
「蒼(そう)ちゃん」
網戸だけ引いた縁側の奥で、無精髭を生やした男が半袖半ズボンで寝そべっている。
「風邪ひくよ」
半覚醒状態なのだろう。
うぅんと目を擦りながら、起き上がろうとする姿が可愛い。
30代前半には見えない童顔が、こちらを向く。
「紫(ゆかり)、来てたんだ」
「うん、さっきね」
このように家宅侵入しても、竹田 蒼太(蒼ちゃんと呼んでいる)が驚かないのは、私達の付き合いが長いからということもあるが、彼の人懐こい性分によるところも大きい。
「起きたら、なんか腹へった。なんか作るから、紫も食べる?」
もそもそと起き出した割にはテキパキと、冷蔵庫からキャベツやベーコンを取り出す蒼ちゃん。
テーブルの上に出しっ放しにした、ホットプレートは洗って拭いたら、テーブルの上に片付け、すっかり定位置になっている。
蒼ちゃんは先に平たいお皿を二枚並べ、生ゴミ用にビニールを広げた。
ボウルに粉を入れて目分量で水を入れ、手慣れた手つきでかき回す。
それを薄く、鉄板の上に広げはじめた。
何を作るのか察した私は、傍らでキャベツを刻む。
「サンキュ。」
蒼ちゃんは、まな板から直接キャベツを掴むと鉄板の上で焼き始める。
卵を二つずつ割りはじめた。
黄身を固まる前に軽く混ぜ、それをひっくり返す。両面焼きだ。
蒼ちゃんは、卵とは別の所でベーコンを焼き始める。
普通は豚バラ肉を使うのだけど、お財布事情により、ベーコンで代用だ。
ベーコンが焼けると、それをキャベツの上にのせてジュージュー焼く。
さらに卵をのせる。
その間に、天かすとお好みソース、マヨネーズを出す。
ふと思い立ち、庭を通って我が家の冷蔵庫に直行する。
冷えた缶ビールを目の前にトンと置くと、蒼ちゃんは
「紫、わかってる」
ニヤリと笑った。
それだけで、ほんのりと嬉しい気持ちになる。
一人では、持て余す土日のぽっかり空いた時間をこうして蒼ちゃんはうめてくれる。
自分探しは自分だけじゃできないのだ、きっと。
用意したお皿に出来上がった広島焼きをのせると、一つを私の方へ押しやる。
私は黄身を真っ先につぶし、蒼ちゃんは黄身をつぶさないように、そっとお皿の隅によける。蒼ちゃんは、好きなものは後で食べる派だ。
テレビを付けて、二人でなんとなくそれを見ながら私は仕事の愚痴をこぼす。蒼ちゃんは、テレビを見ているようで聞いてくれているようだ。最後に必ず私の言ったことを要約して、紫がんばってるねと声をかけてくれる。
その一言を聞くと私は、仕事の嫌なことを忘れられるのだ。
蒼ちゃんが洗い物をして、テーブルを片付けるのが私の役目だ。
テーブルをふきんで拭いている時に、ガスやスマホ代金の催促状が目に入った。
ひとところにまとめてあるところを見ると、払わなくてはならないとは思っているのだろう。
しかし、早く払わなきゃと小言をいう権利は私にはない。
私は、蒼ちゃんの恋人ではないのだから。
和室にゴロリと横になり、ウトウトし始めた蒼ちゃんに毛布をかけ、そっと自分の部屋へ戻った。
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