寿命三十秒の妖精

かんなづき

寿命三十秒の妖精

「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ぜ――――」


 目の前の画面は真っ暗になった。続けようと思っていたその後の台詞せりふを諦めて、私はため息を吐いた。


 これで何回目だろう。されたの。


 画面の上をマウスのポインターが滑って行って、[広告をスキップ]をクリックされる。そうして画面の向こうの人間さんの顔はなくなって、真っ暗な画面だけが残る。


 私が喋れるのは、ほとんど最初の五秒だけ。十秒以上喋れたことは、一回もない。


 しょんぼりしていると、目の前の画面が再び明るくなって、カウントダウンが表示された。それがゼロになると、画面の向こう側にいる人間さんの顔が見れるようになる。そしてまた私は喋り出す。





 私は、つい最近生まれた。動画サイトの広告の要員として。


 身体はあるけど、人間じゃない。なんか、画面の向こうの人間さんには女の子の方が受けがいいみたいだから、一応女の子なんだけど。


 生まれた日からずっと、この画面の前に立たされて画面の向こうにいる人間さんたちに向かって喋ってる。毎日毎日。休むことなく。


 台詞は私の頭の中に入れられている三十秒分。逆にそれ以外は入ってない。本当にこの広告のために作られただけ。ただ、それだけ。



 なのに。



 広告はあくまで広告だった。人間さんの私の扱いは、とても酷かった。

 私のお話、だぁれも聞いてくれなかった。

 

 動画サイトは、広告が表示されてから五秒経つとその広告をスキップできる機能が付いていた。スキップされると、私が見えている画面は真っ暗になって、終わる。


 生まれて初めて喋った時にそうなって、私は混乱した。なんか間違えて切断しちゃったかなと思った。でも私は広告に対してなにかいじれる権限を持ってなかった。


 ここで喋り続けるうちに、自分がスキップされていることに気が付いた。私から見て画面の左下の位置に、そのボタンがあるのを見つけてしまった。下の黄色いバーが動き始めると、人間さんたちはそこへマウスポインターを持って行くの。





 気付いてしまったら、後はただ寂しさとの戦いだった。

 何千人もの人間さんの前で喋ったけど、私の声は届かなかった。


 私はただの広告で、動画が見たくてページを開いた人間さんからしたら、邪魔者だった。ほとんどの人間さんは無表情で、そのボタンを押していった。


 寂しくて寂しくてたまらなかった。画面を暗くされるたびに、泣きそうになった。


 人間さんにとっては無駄で長い三十秒でも、私にとっては大切な命なのに。それだけのために、生まれてきたのに……。


 なんで三十秒もあるんだろう。もっと短かったら、寂しくなったりなんかしなかったのかな。





 寂しさに潰れそうになっていた時、目の前の画面が明るくなった。


 こんな時間に? 真夜中は、そこまでお仕事多くないんだけどな。


 カウントダウンがゼロになって、人間さんの顔が映った。

 女の人だった。相当疲れているのか、なんだか苦しそうな表情をしていた。


「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、全国に緊急事態宣言が発令されました」


 その女の人は、私の言葉を聞くと、ひどく顔をゆがめた。


 あぁ、きっとまた、スキップされちゃうな。


 私は頭の中の台詞を続けて投げる。


「そんな中で治療を行っている医療従事者の方々が数多くいらっしゃいます」


 ……なかなかスキップされない。


「みなさんがリスクを回避し、感染拡大を防ぐことが、医療従事者並びにその関係者の方々の負担の軽減につながります!」


 女の人は私の目をじっと見つめていた。表情は少しだけ穏やかになっている。


 私は、画面の向こうに向かって、必死に言葉を放った。届くかもしれない。ちゃんと最後まで、言えるかもしれない!


「みんなで乗り切りましょう! またいつか、笑い合える日が来るように!」


 最後の台詞を言い終えた私は、笑って女の人に手を振ろうとした。


 ……え?


 泣いていた。画面の向こうのその人は、口を押さえて涙を流していた。


 そして私に言った。


「ありがとうっ……」


 ――――っ!


 ぷつんと画面が暗くなった。三十秒。


「ま、待っ……!」


 必死に手を伸ばしたけど、無駄だった。

 私は、三十秒しかない。もう届かなかった。





 初めて最後まで言えた。生まれて初めて。

 でも、最後まで言えた嬉しさよりも、もっと温かいものが心に残った。かき混ぜる前の味噌汁みたいに、私の心の中をゆったり漂うものがあった。


 ありがとう。


 ありがとうだなんて、初めて言われた。なんであの人がそう言ったのかわからないけど、無性に嬉しかった。ちゃんと私の声を聞いてくれて、言葉を受け取ってくれて、泣きながらありがとうって言ってくれたのが、とても嬉しかった。


 目頭がじんわりと熱を帯びて、溢れた。


 もっとお話したかったな。もっとあの人のことを知りたかった。


 なんで、三十秒しか、ないのかな……。たったそれだけじゃ、寂しいよ。





 やがて、私のお仕事はなくなった。広告を流す必要がなくなったらしい。あれからいろんな人に向かって喋ったけど、あの人に会うことはなかった。あの人みたいに泣いてくれる人もいなかった。


 もう一度、会ってみたかったな。もしかしたら飛ばされちゃうかもしれないけど、飛ばされてもいいから会いたかったな。


 元気に、してるのかな……?



 笑ってるといいな。





―◇あ◇と◇が◇き◇―


 読んでくださりありがとうございます。六月に入り緊急事態宣言が解除され、だんだんと今までの生活が戻って来ている中ですが、このような物語を書かせていただきました。

 これから先もクラスターや感染第二波など、さまざまな懸念がされていますが、一刻も早くこの事態が収束することを願うばかりです。


 そして、新型コロナウイルス感染症に立ち向かっている医療従事者の方、並びに関係者の方々、本当にお疲れ様です。そして本当にありがとうございます。

 日本の感染者並びに死亡者が世界に比べて少ないのは、日本の高度な医療技術と医療従事者の方々のお力があってのことだと思います。


 作者は高校生で、ただの稚拙な若造ですが、この物語を以て微力ながら応援させていただきたいと思います。


 どうか、一人でも多くの方に届きますように。



 かんなづき

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寿命三十秒の妖精 かんなづき @octwright

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