第9話 転生?
「理央ー、ご飯できたよー」
「今降りるから!!」
あれから。ロイはレイに会った後、遺書をその場に残し、家で首を切って自殺した。そして気がつくと地球の日本という国に生まれ変わっていた。もちろんロイだったという記憶付きで。今は
けれど。たまに思い出してしまう。レイと過ごした時間や鬱憤の捌け口にされていたあの日常を。あの頃の日常に比べたら、少しのんびり屋だけど料理上手な父や、たまにしか部屋から出てこないけどさっぱりした性格の明るく男前な母がいる今の方が断然幸せだと言えるけれど、それでもやはり、ここにレイはいないのだとふとした瞬間に思い出され、レイと過ごしたあのほんの少しの時間が、小さな、けれど確かなしこりとして心に降り積もっていた。
「今日のご飯は何?」
「んふふ~、今日はね、パパ特製とろとろオムライスなんだよ!!会心の出来だよー」
父に差し出された皿には、確かにふわふわとろとろした卵に包まれたオムライスが乗せられている。
「母さんは?」
「相変わらず仕事だってー。書斎に籠もってるよ。もう少し僕に構ってくれたっていいのにねー」
そう頬を膨らませる父は、顔が整っていることもあって大変可愛らしく見える。
のんびりしてて料理上手だけど頭も運動神経も良く、いざというとき頼りになる父。
引きこもりの明るい性格で男前だけど、何故か女子力がやたら高い母。
どちらもなかなか我が強い両親ではあるがとても仲が良く、理央を見守ってくれる優しい家族だった。
◆ ◆ ◆
「……ロイっ…!!」
理央が高校二年生になった日、理央は桜が立ち並ぶ堤防の河川敷で一人佇んでいた。
(レイに見せたかったなあ……)
その前世にはなかった綺麗で穏やかな光景に、思わずレイを思い起こしたその時。理央は、レイに“ロイ”と呼ばれたような気がして振り返った。
そして目を見開く。
そこにいたのは、間違いなくレイだった。前世とは違う顔、姿、声。けれど、理央はそれがレイだと。本能か何なのかはよくわからないが、そういったものがあれはレイだと告げていた。
勝手に自殺してしまった手前思わず逃げ出してしまったが、後ろで盛大にズシャッと転ぶ音がして反射的に振り返った。
「っ!!」
レイが転んでいる。
ただそれだけで、さっきまで逃げていたはずの理央は、そんなことも忘れ急いでレイへと駆け寄った。
「っ……どうして逃げるの、ロイ……」
今にも泣きそうに声を震わせて言う姿に、罪悪感がのしかかる。
「レイっ、大丈夫……!?」
いつもそうだ。レイが怪我をしたらどうすれば良いか、わからなくなる。普段怪我をするのは、レイよりもロイの方が圧倒的に多く、ロイはレイに治療される側だったから。
だからいつもいつも、レイが転んだりとするのを見ると気が気じゃない。
――パンッ
一瞬、理央は何が起こったのかわからなかった。
座り込むレイの顔を見ようとかがみこむと、思いっきり頬を叩かれたのだ。
「ロイなんでしょ」
「……っ!!」
呆然とする理央に、レイは確信を持って問いかけてきた。
レイに言い当てられ、再び逃げていた理由を思い出す。そして理央は逃げることを忘れていたことに気付き、急いで体制を立て直し駆出そうとした。
……手首を思いっきり使われたため、それは叶わなかったが。
本当は、力を込めれば振り解けないほどでもない。けれど相手がレイでは、理央にそれができるはずもなかった。
「なんで、自殺なんかしたの」
「……そのほうが、レイの迷惑にならないでしょ?」
そうだ。だから自殺したというのに……。
「っ……ぃじゃない…そんなわけないでしょ……!!」
掴まれていた手首を強く握り引っ張られ、理央はよろけて膝を付き、理央の手首を握っている手とは逆の手でネクタイを引っ掴まれた。
音が鳴るかと思うほどに強く掴まれた手首が、ヒリヒリギリギリと痛い。
(……どうして。どうしてそんなに泣きそうな顔をするの……?)
「……どういう「知らなかったでしょう」
「え?」
「知らなかったでしょう。私の家族が決して噂通りなんかじゃないって」
知らなかったでしょう、とレイはもう一度言った。
「っ……」
理央に寄せた至近距離の瞳に浮かぶのは、浮かべた笑顔とは反対に、激しく揺らめく怒気と絶望。
(どう、して……。そんな顔をするの……?そんな、絶望に昏く濁った目をしているの?)
何故そうも絶望するのか。ロイが死ぬことで、レイに迷惑は向かわなかったはず。それなのに。
「ねえ。知らなかったでしょう?父にとって私は、物、商品同然だったの」
機嫌が悪いときは殴られもしたし、母や弟にも疎まれていたと言うレイは、口に出しているセリフとは合わない穏やかな笑顔を浮かべている。
今はもう瞳の奥の怒気は収まっている。だが、仄暗い絶望はそのまま、瞳から動くことはない。
「そ、んな」
「知らなかったでしょう?私が使用人たちからイジメられていたの。使用人たちは私をどのように虐めたら母や弟に気に入られるか分かっていたからね。
商会の従業員だってそうだった」
「でも、優しく叱ってるって……」
そうだ。確か噂ではそう聞いていたはずだ。でも……。
「ええ、見た目はね。そもそも、あれがヤラセだったのよ。父が用意した茶番劇。毎回毎回叱ってくれていたけど、それは父の命令だから仕方なく。いつも叱っているときの目の奥には、疎ましく思っていることが丸わかりの感情が見え隠れしていたもの」
(……噂と違う。もしこれが本当だったとしたら……)
「知らなかったでしょう?私、ロイと出会う前、いえ、ロイといないときは無表情だったの。何も感じなかったの。何故か分かる?」
「……」
「そういったことを、学ばなかったから。学べなかったから。
私の周りには、私を愛してくれる人が一人もいなかったわ」
何も感じてないかのようにスラスラと吐かれる言葉たちに、前世、レイがどれだけ苦しく、辛い場所にいたかが分かる。
レイはなんてことないといった表情と声音をしながら、理央が死んでからの自分のことを話していくが、その内容は決して軽いものなどではなく、むしろ重く、重くロイにのしかかって来た。
自身の抜け殻のような生活、無理矢理の政略結婚、毎晩犯される毎日。
辛くないはずがない。それなのにレイは、その話をするときすら淡々としていた。
そして何より理央がショックを受けたのが。
「僕が、レイの光……?」
「うん」
そして一拍置かれ、レイから紡がれる言葉。
「ねえ、知らないでしょう?私の光は、今もなお、ロイなんだよ」
「っ……!!」
「私はね、ロイ。ロイと出会う前まで、感情というものを知らなかったの。悲しいと思うこともなければ、嬉しいと思うこともなかった。あそこでは、そういったものを学び育める環境がなかったから。種があっても芽吹かせることができなかったの。
それなのにそれが周りにバレずに生活を送れていたのは、たまたま私に、自然な作り笑いや嘘を吐く、そういう才能があったから。でもだからこそ、余計にそれらの種は身を隠して芽吹かなかった。楽しいが何かわからなかったけど、作り笑いをすることを覚えたし、周りに合わせることを覚えた。涙の出し方だって学んだ。でも本物ではなかった。
それがロイ、貴方と会って変わったの。今まで芽生えることのなかった種が、一斉に芽吹いて感情を教えてくれた。ロイが生き方を教えてくれた。でも、ロイ以外ではなんの役にも立たないし、動かなかったけど。
ロイだけが、私の生きる理由、光だったの」
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