第4話 光の消失
レイへ
まず最初に。
レイがこの手紙を読む頃には、僕はもうこの世にいないでしょう。
なんて、ありがちだけど。でも本当のことだよ。
この前、誤って人を殺しちゃったんだ。レイも知ってるでしょう?僕がいろいろな人に暴力や虐待を受けていたこと。
僕は、そのうちの一人を刺し殺してしまった。レイと会っているのがバレたんだ。
僕とレイは立場が違うとか、本当は仲良くするべきではないとか、そういうのは分かる。でも、それ以外に、レイを貶す発言をされて、カッとなってしまったんだ。
分かってる。これは言い訳なんだろう。どっちにしろ、人を殺すのはいけないことだ。
幸いにも、まだこのことは他の人にはバレていないけど、いつバレるか分からない。バレてしまったら、僕の周りの人には迷惑をかけてしまう。母や周囲の奴らに迷惑をかけるのは別にいい。でも、このままだとレイにまで迷惑をかけてしまう。
だから、僕は死ぬことにするよ。レイには優しい家族や周囲の人がいると噂で聞いたから、僕がいなくても大丈夫だろう。
でもきっとレイは、そんなこと関係なく僕が死ぬと悲しむんだろうね。でも大丈夫。レイには優しい家族がいる。いつかその傷も癒えるだろう。
だから、これから言うことは出来ればいい。僕の我儘だから。
どうか、僕を忘れないで。渡した髪飾りを見て、どうか僕を忘れないでほしい。
ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた。
レイ、好きだよ。人として、女の子として、異性として、何にも変えがたいものとして。大好きだよ、レイ。
だからどうか、幸せに、レイ。これからの君に、沢山の幸せが訪れますように。
ロイ
◆ ◆ ◆
翌週のこと。先週嫌な予感がしたレイは、どうにかして約束の時間よりもかなり早めにあの場所へと向かった。
「ロイ……はまだいないよね」
当たり前だがロイがいないことに少し安堵しつつも、嫌な予感がまた少し強くなる。
いつものように椅子に座ろうと草むらから引っ張り出すと、椅子の上にひとつ、手紙が置いてあることに気付いた。
また少し、嫌な予感が強くなる。
手に取りたくない。手に取ったら、読んでしまったら、何かもう取り返しのつかないことになりそうな……そんな気がしてしまう。
そっと、重り代わりに置かれた石を持ち上げ、手紙を手に取り中を取り出す。
「え…ロイ……?」
手紙はやはりレイ宛で、ロイから送られたものだった。
また少し嫌な予感が強くなるのを感じながら、レイは震える手で手紙を開き文を目で追っていく。
読み進むにつれて徐々に徐々にと、読むスピードは早くなっていく。
「……っ!!」
手紙に書かれたそれを見た瞬間、レイはいても立ってもいられなくなり、急いで街へと駆け出した。
(ロイが……死んだ?嘘…だよね……?嘘嘘嘘嘘……!!ロイが死ぬわけない!!ロイが死んだら……私は、どうやって生きていけばいいっていうの……?)
街へついて、ロイが住んでいるであろう辺りへ急いで向かう。
ロイからは住んでいる場所は聞いたことがない。けれど、いつも聞いていた話から、ある程度の予想はつく。
ロイのお母さんは昔、高級妓女だったらしい。けれどロイを身籠ってしまった。相手に身請けするほどのお金はなく子を堕ろそうとしたらしいが、ロイの実の父である男に嵌められ、堕ろせる時期をとうに過ぎ、産むしかなくなってしまったそう。おかげでギジョとしての価値は地に落ち、娼館からも追い出された。けれど体を売る以外の方法を知らなかったロイの母は、自力で体を売る下級妓女と成り下がって、その体を売る相手も平民の中でも下の位。だからロイは恨まれているし、憎まれているらしい。
そんなことからもわかるように、おそらく住んでいる場所は、通称下級層と呼ばれるあまり裕福ではない、有り体に言えば貧乏な人たちが住む場所。おそらく娼館からも近く、スラムからも近い、そんな場所だろう。
「誰か……!!誰か、お願いです。ロイを……ロイを知りませんか!?」
平民の中でも裕福な、それこそ下手な貴族よりも裕福で家族にも恵まれていると言われているレイ。いつもニコニコと明るく優しくて、少し我儘だけれど客に対しても商会の従業員にも気を配ってくれる、可愛らしい商会の一人娘。普段話すことも会うこともない。自分たちとは身分が違うけれど、その噂はこの辺りの住民にも聞こえていた。近くで見たことはないが、遠くから憧れとして眺めたこともある。本当に優しくて愛らしさに溢れた、そんな子なのだ。
そんなレイが今までにない取り乱した様子で、下級層の街を駆けている。目を引くのは当然のことだった。
しかしそこの住民たちは、レイがいくら訪ねても答えてはくれない。当たり前だ。レイが探しているのは、どうやら自分たちが捌け口として利用していた、または知らぬふりをしていたあの少年のようだから。もしレイにそれを知られてしまったら。
それを恐れて、誰もレイの問いには口を開かなかった。
その様子にレイは焦れながらも、一生懸命聞いて回る。一人ひとり訪ねて回るが誰も答えないどころか、申し訳なさそうな顔をして無視を決め込む。
「…お願い……ロイは、どこなの…………?」
ペタリと地面に座り込んで俯く。視界が涙に濡れて、握りしめた手もぼやけて見える。
「お前、ロイを探してんのか?」
ふいに、頭上から声がかかる。
顔を上げると、みすぼらしい格好をした男が、近くまで寄ってきて見下ろしていた。
いつの間にやら、スラムまで来ていたらしい。
この男は、ロイを知っているのだろうか?ロイはスラムにもよく訪れていたそうだから、知っていてもおかしくはない。
「……ロイを、知ってるの?」
焦点が合わない目で、ぼんやりとレイは問いかける。
「ああ、知ってるさ。#ここ__スラム__#では俺が一番、あいつを知っているだろうさ。いや…他の誰も、あいつに興味がないと言ったほうがいいか」
「…っ、お願い!!教えて!!ロイはどこ!?ロイは、今どこにいるの!?」
縋り付くようにして、男の服とも言えないような布切れを掴んだ。
いつも小綺麗なものに身を包んだレイが縋り付くにはとても汚すぎるものだったが、今のレイにそれは関係がない。視界にすら入っていないだろう。
「……その様子だと、もう気付いているんだろうに」
「っ……、知らない!!知らない知らない!!」
男の言葉に思わず耳を塞いで首を振るレイに、男は哀れみの目を向けた。
「……ロイは死んだよ。今朝、俺が見つけた。
あんた、あの商会の娘だろう。どうしてそこまでロイに縋る。こう言っちゃなんだが、あいつは下級層のやつだ。お前とは身分が違う。それにあんたは周りに恵まれている。ロイに拘る必要はないだろうさ」
「っ……」
(あれが、恵まれてる……?そんなわけないじゃない)
男にそんな気はないのだろう。レイについて知っているのも、噂についてだけだろう。だが、レイはその言葉に酷く胸を抉られた。
「……じゃあ」
「あ?」
「…じゃあ、私は……どうやって生きていけばいいっていうの……?」
顔を上げたレイの瞳には、先程には見られなかった確かな絶望が揺らめき、男は驚いた。
「お、前……」
男の言葉に答えず、ふらっと立ち上がりレイは商会の方へと足を向けた。ふらふらと揺れるその足取りは、危なっかしく今にも崩れ落ちそうだった。
そこからレイの記憶は曖昧だ。何を言ってもはいしか答えずまともな返事をしないレイは、それこそ人形のようだった。
家へと帰ったレイを見た家族は最初こそ驚いたが、色々と都合が良かったのだろう。すぐに受け入れ、嫁に出された。
相手は領地を持たない下級貴族の当主。レイを見たその貴族は、その日のうちに結婚を取り付け屋敷へ連れ帰った。貴族との繋がりを持ちたかったレイの父には絶好の機会であり、また、こんな状態のレイを受け入れてくれる都合の良い結婚だったのだ。
屋敷へ連れ帰られたレイは身を清められ、犯された。毎晩、毎晩毎晩。最低限の行動しかしない抜け殻状態のレイを、まだ体のできていない12歳のレイを。反応のしない#人形__レイ__#を、愉悦に歪んだ顔で何度も犯した。
そうして何ヶ月か経った頃、子を孕んだ。それから産むまでの間、手を出されることはなかったが、産んでからはまた襲われて。
そしてまた数カ月して、二人目の子を妊娠した。一人目と同じように妊娠中は手を出されなかったが、産んでからはまた襲われた。
三人目の子を孕んで産まれたとき、ふとレイの意識が戻った。
この三人目は難産で、レイはもう虫の息。
死ぬというときになってようやく我に返ったレイは、唯一自分のことを案じる目を向けてくれていた執事と侍女の夫婦に、三人の子を託した。貴族とレイの間に生まれてしまったことは可哀想だが、子は親を選べないし、この子達も生まれたくて生まれてきたわけではない。
「……この子達を、お願いね」
(……私、もうすぐ死ぬのか……ふふっ、ロイと会えるかなぁ)
そう言って間もなく、レイは15という若さでありながら、静かに息を引き取った。
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