第4話

「少々時間を頂いても宜しいでしょうか?」




 後ろから甘い響きの男性の声が聞こえる。けど、気になるのは声の持ち主ではない。すぐに振り返って確認したいが、怖くて後ろを振り返れない。しかし、同じ王族といえども、声をかけられたからには振り返らなければならない。




 恐る恐る、だが優雅に振り返る。そしてハッと息を呑んだ。




 そこにいたのは5人の男性だった。多分私達がちょうど5人だったために話しかけたのだろう。その男性たちの中央の前に少し出ている方が先程声をかけてきた方だろう。キラキラと輝く黄金色の髪と瞳の整った顔立ちで、その顔には甘い微笑みを浮かべている。その隣にはガタイのいい鈍い銀の短髪に灰色の瞳の男性と深緑の髪と新緑の瞳の男性が、その後ろにはフワフワなミルクティーのような色の髪と黒目の他の方に比べて幼く見える男性、そしてその隣で目を見開いている人こそが、私の会いたくて会いたくてたまらなかった人。私の大好きな人。世界で1番愛している人だ。




「私の名前はライナーク・センディオン。センディオン王国王太子です」


「ユーヴィス・ドルトース。ドルトース国第三王子だ」


「レオン・クヴァルトだ。ドルトース国のクヴァルト公爵家の次期当主だ」


「僕はナシュタ・スズビナ。スズビナ皇国の第二王子。よろしくね?」




 次々と挨拶される。そして、彼が口を開く。彼の名前が、声を聞けることに胸が震える。




「ルディリオ・メイフォン。センディオン王国のメイフォン公爵家を継ぐ予定です」




 彼が、ルディリオ様が私を見て名乗る。覚えていて、くれているだろうか。




「クレナマリア・ヴィスカルドですわ」


「フォンティーナ・ユディリスです……」


「ヨルシャナ・レンルーだ」


「ツィアローゼ・ヴァイスです〜」


「ミューシエンナ…マリンレイ、ですわ」




 私の名前にまた少し目を見開き、少し口の端を上げる。そんな彼に見惚れていると、いつの間にかマリアたちはそれぞれで話していた。マリアとライナーク様、ティーナとレオン様、シャナとユーヴィス様、ローゼとナシュタ様だ。なんか皆お似合いで、満更でもなさそうだ。一番問題だったシャナも意外とうまくいってるみたいだ。




「ミューシエンナ姫は、前世を信じますか?」




 いきなり聞かれて驚いたが、その柔らかな口調の質問にすぐに微笑み返す。




「もちろんよ…………ルディメル」




 前世の名前を呼ぶと、ルディリオ様はふわりと嬉しそうに笑みを浮かべた。




「お会いしたかった、ミューシェン様。私の姫」


「今の名前はミューシエンナだから、そっちで呼んでくれないかしら」


「なら、私のこともルディリオと」


「分かったわ、ルディリオ」


「ミューシエンナ様……」


「さまはいらないわ。ミューシエンナって言って。ううん、やっぱりミューでお願い。私の愛称なの」


「しかし……」


「呼んで。お願い、ね?」




 困惑したように微笑むルディリオに迫る。




「……ミュー」


「はい!!」




 最愛の彼に愛称を呼ばれて、満面の笑みを浮かべる。




「あと、敬語もやめて欲しいの。貴方も公爵とは言っても王族なんだから、別に何の問題もないわ」


「……分かった」


「ふふふっ。私、前世から貴方と対等に話すことが夢だったの。叶うはずないと思ってたけど、まさか来世で叶うなんて」




 クスクスと笑う私に、ルディリオは眩しそうに目を細めた。ルディメルの時からよく浮かべていた表情だ。その顔に思わず嬉しくなる。




「ミュー」




 ルディリオは急に真面目な顔をして私の名前を呼んだ。その真剣さに私も思わず背筋が伸びる。




「愛してる。


 前世では俺はミューの騎士だった。自分の抱いているこの想いがいけないものだと分かっていたが、それでも想わずにはいられなかった。願わずにはいられなかった。貴女と結ばれる運命があると、隣に立てる日が来ると。それ程までに、俺は貴女に恋焦がれていた。貴女を愛していた。けれど、俺は平民だったから貴女の騎士としてしか側にいることを許されなかった。貴女の盾となり死んだことは、後悔はしていない。むしろ、俺の誇りだ。貴女を守り抜き、貴女の腕の中で死ねたのだから。


 生まれ変わって、ルディリオとなった今も貴女への気持ちは変わらない。それどころか日に日に増していくばかりだ。生まれ変わって、貴女が側にいないことに絶望した。けれど、俺が生まれ変わっているのだから貴女も生まれ変わっているかもしれないと探し続け、今日ようやく見つけ出した。今世の俺は王家の血を引く公爵家の跡取りだ。貴女との隔たりは何もない。ようやく貴女をこの腕に抱きしめることができる」




 ルディリオはそこで一旦区切り、グッと掌を握りしめた。そして、1つ息を吐き、私の目を真正面から見る。




「ミュー、貴女を手に入れることができるならば、何度だって愛を誓おう。何度でも愛してると言おう。俺と、結婚してくれないか?今度こそ、貴女を手放したくない。俺に貴女を…抱きしめる権利を、くれないか」


「はい、喜んで」




 ふっと地面がなくなる。ルディリオに抱き上げられたのだ。ぎゅっと強くなる腕に、私も彼を抱きしめる。すると、彼が震えているのに気がついた。肩に頭をのせられているためよく見えないが、ちらりと涙に濡れた瞳が見えた気がした。彼の頭を、そっと撫でる。




 ルディリオは、ずっと私を探していたのだろう。私を、どれだけ愛してくれているのか。なんとなく、私と比べても謙遜ないくらいには愛してくれている気がする。




「ミュー、仲が良いことは別にいいのですけれど、もう少し周りを気にしてはいかが?」


「ふふっ、ルディリオも人前だと忘れてないかな?」


「ふわ〜……!!」


「クッ…」


「見てるこっちが恥ずかしくなるな」


「そうだな」


「あらあら〜」


「ルディリオやるね〜!!」




 聞こえた方を見ると、呆れた様子のマリアに微笑んでいるライナーク様、目をキラキラさせて見つめてくるティーナに頬を赤く染めて目を背けるレオン様、マジマジと見てくるシャナにそれに頷くユーヴィス様、ニコニコしているローゼ、からかうように笑っているナシュタ様がいた。はたと気づき周りを見てみれば、すごく注目されていた。




「ど、どこから聞いていたのかしら……?」


「内容は聞こえていませんわ。ただ、パーティー中に抱き上げられていれば誰だって思わず注目しますわ」


「る、ルディリオ。おろして!!」




 恥ずかしくなっておろしてもらおうと背中や頭をペチペチと叩くが、力は緩まるどころか強くなる。




 仕方ないので、そのまま皆で大広間から出る。1番大広間から近かったライナーク様のお部屋に向かうことになった。つくまでの間、ずっと抱き上げられていた私は、すれ違う使用人たちに二度見どころか三度見四度見されていた。そのたびに恥ずかしくて顔が真っ赤になり、ゴリゴリとメンタルが削れていく。ようやく部屋についた頃には、精神的に瀕死状態だった。




「それじゃあ、皆さっき話していた相手と婚約することになるのかな?」




 ライナーク様の言葉に、皆が頷く。どうやら、パーティーは大成功のようだ。

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