第2話
お父様に結婚式のことを知らされてから1ヶ月後。遂にルベラート帝国に向かう日がやってきた。マリンレイ王国の王都ルシエンナから国境まで1週間、国境からルベラート帝国帝都ルベルドートまで1週間、合計2週間かかる。そのため、早めに出発することになった。
「行ってらっしゃ〜い、ミューシエンナ、ギル」
「ミュー、父上。お気をつけて」
「陛下、姫様。行ってらっしゃいませ」
「盗賊の目撃情報が出ております。ご注意を」
上から順にお母様、お兄様、宰相のツヴァイク・バンホーデン様、騎士団長のヨハン・ウェネスティ様だ。城の皆総出で送り出してくれるらしい。今回の旅にはヨハン団長ではなく、副団長のレイボルク・サンスール様が付いてきてくれるらしい。
「それでは行ってきますわ」
「行ってくる」
お母様達に挨拶し、馬車へと乗り込む。実はこの馬車、王族の長旅用の特別性の馬車で、中は空間拡張されている。入ると、20畳程のリビングに備え付けのキッチン、その隣の2つの扉は10畳程のお風呂とトイレが、そことはまた別の壁に扉が3つ付いていて、それぞれが寝室となっている。お父様と私が1つずつ使い、1つ余っている状態だ。他にも揺れを感じさせないようになっていたり、窓から外が見えるようになっていたりする。外から見た窓の数と中から見た窓の数で違うのに不思議だ。流石は王族用の馬車なだけある。
お父様とソファに向かい合わせに座ると、お父様の専属執事であるロードが紅茶を淹れてくれた。ふわりと淹れたての紅茶のいい匂いがする。お父様の好きな紅茶の茶葉だ。
「おいしいです」
「ミューシエンナが気に入ってくれたのなら良かった」
「流石はお父様お気に入りのお茶ですわね」
「おや?知ってたのかい?」
「勿論ですわ。娘として当然です……と言いたいところなのですが、お父様のお部屋にお邪魔したときにいつも出てきていましたから」
「よく覚えているな」
「当たり前ですわ。マリンレイ王国の姫として、このくらい覚えておかなくては。それにしても、本当に美味しいですわね、この紅茶」
「幼い頃から、これを飲むと気分が落ち着くんだ。苛ついている時や落ち込んでいる時、疲れているときなんかに飲むようにしててね」
「心の切り替え、ということでしょうか」
「そうだな。幼い頃からのルーティーンとでも思ってくれればいいかな?味が昔から変わっていないから、それのせいでもあるだろうけどね」
「昔からというと、ずっとロードが淹れてくれてるということかしら?」
そういえばロードっていつからお父様のお側にいるのだろうか。私が物心ついたときにはいた気がする。
「おや、言ってなかったかい?ロードと私は乳兄弟なんだ」
「まあ!そうだったんですか。やけに仲がいいとは思っていましたけれど、まさか生まれたときからの付き合いだったとは」
お父様と二人で話すのは久しぶりだからか、話が進む。そうこうしているうちに、今夜泊まる街に着き、領主館へと向かう。この旅の間、街に泊まることができるときは領主館で泊まることになるらしい。
あっという間に2週間経った。その間、小さな村や街などでは宿を取ることもあれば馬車で眠る子どもあった。今世で初めての長旅は、馬車のお陰で快適に過ごすことができた。
「陛下、姫様。もうすぐで帝都ルベルドートへと到着いたします」
「分かった」
報告から30分もしないうちに、帝都へとついた。帝都に入ると王都ルシエンナとは違い、一言で表すならば、ごちゃまぜだった。王都ルシエンナでは、屋根は大体赤か茶色だ。屋根も三角柱を横にしたような形で、窓も全て四角形、扉は家のど真ん中という、似たような作りの家が多かった。
しかし、帝都ルベルドートでは、屋根は丸や平らな形など様々な形があり、赤や青、茶色、黄色などとてもカラフルな見た目だ。窓は円形だったり横長の長方形だったり、何故か三角形の形をしていたり様々だ。見ていて飽きないというのは、まさにこのことだろう。
「ミューシエンナは外国に来たのは初めてだったな。どうだ、ルベラート帝国は?」
「建物の見た目が我が国と全く違うのですね。隣り合っている国でも、国が違うだけでここまで違うとは思いませんでしたわ」
前世では、技術面ではあまり発展していなかった。していてもそれで満足してしまい、全て似たような感じで、それは隣国であったり敵国であってもそうだった。そういう面で前前世は発展し向上し続けていたため、ネットで簡単に外国の様子を知ることができたが、実際に行ったことはなかった。写真でも圧倒されたが、実際に見るのと映像越しで見るのとでは、全く違うということを知った。
「ハハ、そうか。しばらく滞在する予定だから、後で街に行ってみるといい。皇帝からは許可を取っておこう」
「ありがとうございます、お父様!!」
どこに行こうかと、今からワクワクする。建物だけでこれほど違うのだから、食文化や服も違うのだろう。ルベラート帝国の文化へと思いを馳せていると、馬車に影が指し暗くなる。外を見てみれば、大きな門を潜っていた。城についたようだ。帝都にいる間は王族は王城に泊まることになるのだ。
「ようこそ、我が帝国へ」
馬車から降りると、見るからに上質な服で身を包んだお父様と同年代の男性が立っていた。ルベラート帝国皇帝ファウンズ・ルベルドだ。
「うむ。招待感謝する、ファウンズ」
「久しいな、ギルデルト。3年ぶりくらいか」
「あの第三皇女が遂に結婚とはな。何が起こるか分からないものだ」
「本当にな。あのお転婆には城中の者が手を焼いていたからな」
お父様とファウンズ帝は、同じ学園に通い学んだ学友らしい。若い頃はよく一緒に遊ばれていたとのことだ。
それにしても、話の内容からして第三皇女様は相当なお転婆のようだ。一体どんな人なのだろうか。確か私より1つ年上だったはず。
「む、そこにいるのがお前の娘か」
「ああ、紹介しよう。娘のミューシエンナだ」
「お初にお目にかかります。マリンレイ王国王女、ミューシエンナ・マリンレイと申します。お招きいただき嬉しく思いますわ」
「ほう、しっかりした姫ではないか。ウチのお転婆とは大違いだ」
流石に人生3回目ともなると、社交は慣れたものだ。人好きのする笑みを自然に見えるよう貼り付ける。
「侍女に部屋へと案内させよう。基本、城内は好きに歩いてくれて構わない。ただ、中には許可した者しか入れない場所や、騎士団など行ってもいいが危ない場所などもあるから、気をつけてくれ」
そう言うと、ファウンズ帝は背を向けて忙しなく去っていった。どうやら、私達を出迎えるため無理矢理時間を作ってくださったようだ。
「お部屋へとご案内させていただきます」
どこからともなく現れた侍女と思われる女性が言う。何故“思われる”なのかと言うと、マリンレイとは侍女服が全く違うからだ。マリンレイはいわゆる英国風の足首までのロング丈のメイド服だ。家によって少しずつデザインが違ったりするが、元は大体一緒だ。違いすぎると、使用人だと分からなくなるから、侍女や侍従、執事などの基本のデザインは統一しているらしい。
彼女が着ているのは、ミモレ丈の灰色のキュロット、白のブラウスに灰色のリボンタイをつけ、胸元には青緑色に光るブローチ、髪は後ろでお団子にしている。なんというか、できるキャリアウーマンみたいな雰囲気だ。
部屋へは思ったよりすぐに着いた。しかし、ここに来るまでの道のりが複雑すぎる。右に行って左に行ってまた左に行ったかと思えば右に行って…など、本当によく分からない。城だから侵入者を防ぐため必要なことなんだろうけど、ウチの城でさえ覚えるまでに2年ちょっとかかった方向音痴な私としては、この道順は難しすぎる。
中に入ると、侍女が一人いた。
「部屋付き侍女のセナラと申します。何か御用があれば、遠慮なくお呼びくださいませ」
深々と頭を下げるセナラに、ティナが近づく。実はティナも私付きの侍女として連れてきていた。どうやら、セナラにこの城について教えてもらうようだ。
まあ、とにかく私の迷子はこれで回避できた。できたところで、城を軽く案内してもらうことにした。知っているのと知らないのでは、迷子率が違うのだ。もし迷子になったとしても、知っていると時間がかかっても勘で行けたりと、意外とどうにかなる。
図書室にお風呂、温室、中庭などこの城にいる間行くであろう場所に案内してもらい、終わった頃には空が橙色に染まっていた。
また、部屋へと案内してもらう。窓から中庭を眺めながら歩き、ふと後ろを振り返る。先程曲がってきた廊下に視線が向く。何かに吸い込まれているかのように視線が外せない。
「姫様?どうかなさいましたか?」
ティナの言葉ではっとなり、前を向く。
「……何でもないわ」
「そう、ですか」
ティナは少し不安そうにしながらも、私がこの城に慣れていないからだと判断したのだろう、納得したような素振りを見せる。
後ろ髪を引かれる思いで部屋に戻るため歩きだそうとして、気になってもう一度その廊下の方を見るが、もうその感覚はなくなっていた。
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