第1話

「姫様、朝でございます。起きてくださいませ」




 私を呼ぶ声に、ふと目を覚ます。むくりと起き上がってぐるりと周りを見れば、見慣れた私の寝室だ。ベッドの横に立っているのは、私の侍女リーティナだ。




「ティナ、おはよう」


「おはようございます、姫様。本日のお召し物は如何いたしましょう?」


「今日は確か、ウェンツ侯爵と会う約束があったから……そうね、シンプルでそれでいてエレガントなものを」


「かしこまりました」




 ベッドを降りると、ティナがサッと寝室用の靴を差し出してくる。お礼を言って、衣装部屋へと行く。ドレッサーの前の椅子にボーッと座る。鏡に映るのは、夢の中の姫わたしと違う、けれど姫わたしと同じくらい見慣れた少女わたし。手入れはあまりしていないのにキラキラと輝いてうねる銀色の髪と、アメジストのような瞳。前世でも前前世でも明るい色は持っていなかったため、少し嬉しい。




 身支度も済み、朝食を食べるため食堂へと向かう。廊下ですれ違う人は皆、私を見て頭を下げる。それもそのはず、今世はこの国マリンレイ王国の王女ミューシエンナとして生まれたのだから。なんの偶然か前世の名前とそっくりだ。




 前世では大国の王女として生まれ、前前世の地球という星でJKとして過ごした記憶を頼りに多くの魔道具を作り出した。そのお陰で命を狙われて愛する人を失ってしまったが。今世は、前世の専属近衛騎士だったルディメルと絶対に結ばれて幸せに暮らすのが私の夢だ。ルディメルは私にとって、前前世も含めて初めての恋の相手で、私の想いは人生3つ分ととても重いものになっている。果たしてルディメルがこの想いを受け止められるのか、受け止めてくれるのか、または根本的に身分は大丈夫なのか、そもそもこの国に、いやこの世界に生まれているのか気になるところだが、考えないようにする。この世界にいなかった場合、ルディメルと再会するまで独り身を貫く覚悟だ。




 ちなみに、今世は前世とは違う世界だ。前世は生きるために魔力が必要であり、その魔力を使って魔法という現象を起こしていたが、この世界では神聖力や精霊力と呼ばれるものが発展している。神聖力とは、神に祈りを捧げることで神の力である神力を使って怪我や病気を直したりできるもので、邪な心を持つ者は扱うことはできない。精霊力とは、空気中にある『精霊の欠片』と呼ばれる精霊の力の元となるものを体に取り入れたもので、それを精霊に渡すことで火をおこしたり水を出したりする。一度体に入れることで、精霊にとって効率よく吸収できるようになり、美味しくなるらしい。神聖力を使った現象を神聖術、精霊力を使った現象を精霊術と言う。




 食堂に入ると、無駄に広い部屋に無駄に長いテーブルが置かれている。しかし、実際に使っているのはその中心近くの一部だけだ。普通なら端に王と王妃が座って王子と王女が等間隔に並んで食べるのだろうけど、この国の王族は昔から周りの評判より家族を大切にしているため、代々何故だか中心しか使わない。もう少し小さい机に買い換えればいいのに、昔の人が面倒くさかったのか知らないけど、買い換えなかったせいで、どんどん無駄に歴史を刻んだこの机を変えようにも変えれなくなってしまったのだ。




「おはよう、ミューシエンナ」


「あら〜、おはよう」


「おはよう、ミュー」


「おはようございます、お父様お母様お兄様」




 先に食堂に着いていた王である父とその妃である母、王太子の兄に挨拶を返す。




 父は名をギルデルト・C・マリンレイと言う。燃えるような深紅の髪に金の瞳を持つ美丈夫だ。凛々しい見た目の父は、周辺諸国に賢王として名を轟かせていて、つい数十年前には戦乱で荒れていた国には見えないほど、国は平穏に満ちている。ちなみに、ミドルネームのCは王につけられる称号だ。




 母はテューハルーナ・マリンレイ。私と同じ銀髪に深い青の瞳の美女だ。色だけ伝えると冷たく見えるかもしれないが、母自身おっとりとした性格でタレ目なのもあり、そうは見えない。そんな性格で王妃が務まるのかというと、正直普通は務まらない。しかし王が優秀すぎるため、このくらいじゃないと釣り合いが取れないのだ。父とは結婚してもうすぐ20年経つが、今でも仲がいい。ちなみに私の紫の瞳は母方の祖母譲りだ。




 兄は、アルヴァルース・マリンレイ。父譲りの深紅の髪に母譲りの青い目の爽やか系イケメンだ。先王と先王妃である祖父母曰く、若い頃の父そっくりとのこと。性格は母より父に似たようで、しっかり者だ。小さい頃から私を可愛がってくれる大事なお兄様だ。




 朝食を食べながら、今日のそれぞれの予定を伝え合う。何かあった時にすぐさま情報が共有できるようにしておくためだ。




「そうだ。実は今朝、ルベラート帝国から招待状が届いてな。何でも、第三皇女のシェナンテ様とルビウル王国第二王子のファルムンク殿がご結婚なさるらしい。その結婚式に出席してほしいとのことだ」


「まあ!!それはおめでたいわぁ」


「本当に。いつあるのですか?」


「3ヶ月、いや2ヶ月半後だ。それで、今回は私とミューシエンナの二人で行こうと思う」


「わ、私もですか!?」


「うむ。今、各国の王族の子の多くが婚約を結んでいない状態らしくてな。結婚式のあと、王族だけで見合いをしようと言うことになったらしい。王族同士の結婚は国のためにもなるからな。ミューシエンナは婚約していないからと、誘われたのだ。できれば身分関係なく好きになった相手と結婚してほしいところだが、まず出会いさえないからな……。一回連れて行くのもいいかと思ったんだ」


「でも……」




 私はルディメルを想って顔を暗くする。私が結婚したいのはルディメルだ。誰でもいいわけではない。




「何、いい人がいなかったらいなかったで、それでいい。婚約がきても断ってやろう。幸い、我が国は大国とはいかないまでも、それなりに大きい。我が国ならではのものもいくつかある。多少の無理は利く」


「……そう言う事なら、行かせてもらいますわ。ありがとうございます、お父様」




 もしかしたら、ルディメルもいるかもしれないし。




「そうか。では、早速返事を書いてくるとしよう」




 皆食事を終えたところで、お父様がそう言って立ち上がった。流石に王が退出してからでないと、私達は席を立つことは許されない。




 お父様が退出なさった後、私も部屋へと戻るため立ち上がる。食堂を出ると、いつものように廊下で待っていた近衛騎士たちを後ろに引き連れて部屋に戻る。




 部屋に入り窓際のソファに座り込むと、ティナが食後のお茶を淹れてくれた。




「ありがとう、ティナ」




 お茶を口に含むと、ふわりとオレンジの香りが広がる。




「おいしい……」


「リラックス効果や疲労回復効果のあるオレンジピールティーを淹れさせていただきました。少しお顔が曇っているように見えましたので……ご気分でも優れないのですか?」


「いいえ、大丈夫よ。ちょっとこれからのことを考えて憂鬱になっていただけだから」


「これからのこと、ですか?」


「実は、今度お父様とルベラート帝国ヘ行くことになったの。第三皇女様の結婚式があるのですって。それに参加することになったの」


「まあ!!なんておめでたいのでしょう!!姫様はあまり遠くに出かけたこともございませんし、楽しめそうですね。……姫様?どうかなされましたか?まだ顔色が悪いようですが」


「結婚式の後に、王族だけのお見合いパーティーがあるの……」


「姫様ももう16ですもの。婚約者がいてもおかしくない年頃です。よろしいのではありませんか?」




 そう告げるティナに、返す言葉が見つからずそっと微笑む。そんな私に何かを感じたのか、ティナは口を噤んで眉を下げた。




「そんな顔しないで?いい人がいなかったら婚約もまだしなくていいってお父様も仰っていたから」


「そう、なのですか?」


「ええ。だから気にしないで、ティナ」


「……それならば、ルベラート帝国に行く準備をしなくてはなりませんね。早速、持っていくものを決めることにしましょう」


「あら、まだ早いわよ。結婚式があるのは50日後。まだまだ時間はあるわ」


「早いに越したことはありません。後回しにして慌てるより余程いいですよ?」


「ふふふ、そうね。なら、今のうちに少しでも持っていくものを厳選しようかしら?」


「そうしましょう!!」

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