fin.笑えない彼女は輝く笑顔の偶像

「わざわざ反省文まで書かせるかなぁ……」


 一通りの出来事が終わった。

 ライブは大成功を収めて、午前の部が終わった。それからすぐに朱音に連れられてクラスの方を担当して、終わったと思ったら生徒指導室に呼び出されて大変だった。

 呼び出しの理由は、『本校の生徒の結束を強める行事に、無関係者を勝手に巻き込んだこと』だった。一応、ライブご成功したことでそれほど長い話を聞く必要もなかった。祐奈と花蓮さんも一応注意は受けたようだが、相手が相手ということでそちらもそれほどなにかを言われたということもなかったそうだ。


「あ、先輩。有栖は一緒じゃないんですか?」

「……あのなぁ、いつも一緒にいるわけじゃないぞ」

「ほとんどいつも、ですよね」

「そういうことじゃない」


 それに、俺も更紗を探していたところなのだ。クラスの方が終わったら迎えに行くから待っていろと言っておいたのだが、彩月も知らない間にどこかへ消えてしまったらしい。


「なんでもいいですけど。私たちまだ後片付け残ってるんで、その辺で待ってたら帰ってくるんじゃないですかね」

「手伝う」

「なんでそうなるんですか」

「さっき手伝ってもらったからな」

「そんなのいいのに。まあでも、じゃあこれ捨ててきてもらっていいですか?」

「任せろ」


 彩月が両手で抱えていたのはどうやらゴミだったらしく、やや申し訳なさそうにしつつも俺にそれを渡してくれた。

 どうやらどのクラスも片付けが終盤らしい。うちのクラスは朱音が率先して動いてくれたこともあってすぐに終わった。

 だるそうに片付けをしながら男子生徒が喋っている会話が、ふと耳に入った。


「今日の体育館やばくなかったか?」

「いやそれな。アリシアって、なんか印象と違ったっていうか、普通に可愛かったよな」


 一体どんな印象を抱いていたのかは甚だ疑問ではあるが、その感想は俺も嬉しいものだった。おそらくアイドルに対しての偏見から、あまり好きではなかった人だろう。

 もちろん、そういう考えが間違っているわけではないのだろう。そのうえで、更紗やアリシアを認めてくれたことが誇らしかったし、早く更紗に伝えてやりたかった。

 なんにせよ、やはり自分が好きなものを誰かが褒めてくれるのは嬉しいものだ。


「なににやにやしてんの。いいことでもあった?」


 後ろから、聞きなれた声が聞こえた。呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな声。


「更紗」

「ん、更紗だよ。ゴミ出し?」

「まあな」


 更紗はちらりとゴミ袋を見て、そのゴミ袋を奪い取った。


「うちのクラスのじゃん」

「いや、彩月に手伝ってもらったから一応その礼ってことで」

「それで、ゴミ出し」

「らしい」


 一番手頃な手伝いを選んだのだろう。実際、ゴミはそれほど量もなかったし、片手で持って歩ける程度だった。

 ゴミを奪い取った更紗はしばらく満足そうに歩いて、やがて話さなければいけないことがあったことを思い出したらしく口を開いた。


「お母さんとね、話してきた」

「……そうか」

「まずは、言いたいことがあります」

「なんだ」

たばかったな?」

「……はい」


 俺はすべて聞いていたのだ。そのうえで黙っていた。

 そのことに関しては申し訳ないと思っているが、やはり俺が更紗に話してしまうのは違うだろうと思って黙っておいたのだ。

 だが、これに関しては俺の独断ではなく、更紗の母から言われていたことだ。これは俺を責められても困るところである。


「……ありがとね」

「ん?」

「祐介、ほんとはすぐにでも言いたかったでしょ?」

「……まあ、すぐに仲直りができるのが一番いいと思ってたからな。でも、結果的に今の方がよかった。そうだろ?」

「ん、そうだよ。だから、ありがと」


 笑顔でお礼を言われてしまったら、どうにも直視することが出来ない。目を逸らすと、無理やり視界に入り込んでくる。


「なんで避けるかな」

「いや……なんか、変わったな」

「……ん。全部終わったからかな。三上とは仲良くやれてると思ってるし、お母さんも、その、私のことは大好きだって言ってくれたから」

「そっか。まあでも……」

「……でも?」

「悪い、なんでもない」


 俺も大好きだ、なんてこのタイミングでは言う必要ないことだ。

 でも更紗は、言わんとしていることがわかったうえで問いただしてきた。


「……好きだよ、俺も」

「ん、私も好き」

「さらっと言うよな」

「まあね?」


 その顔は真っ赤になっていたが。

 静かに、更紗のスマホが振動した。それを確認をした更紗の表情が綻んでいるのを見るに、なにかいいことがあったのだろう。


「どうした?」

「ん、ゴミ出ししたら帰っていいって」

「そっか」

「ねっ、ちょーっと付き合ってよ」

「どこに?」

「いけばわかる」


 そういって更紗が俺の手を引いて歩いていったのは、さっき更紗がパフォーマンスを披露した体育館だった。

 そしてそこには、たくさんのメッセージカードが貼られていた。


「三上が用意してたんだって」

「これは……」

「全部アリシア宛。すごいよね、私たち」

「……そうだな、すごい。やっぱりすごいよ」

「ん、そだね」


 素っ気なく言ってはいるものの、その表情は嬉しそうだ。だが、嬉しいだけでもないらしく、なんとも複雑な表情をしている。


「祐介的には、今日のライブは何点だった?」

「文句なしの百点だと、俺は思ってるけど……」

「ん、私もそう思う。でもそれは、今の私だから。きっともっとできるって、そう思わない?」

「それは……」


 正直なところ、俺には想像がつかない。

 でも、見てみたかった。今以上にすごい更紗を。あのときよりも輝くアリシアも。


「だから、さ。私はもっと頑張るよ」

「そっか」

「だ、だからね?」

「わかってる。俺も一緒にいるから」

「……ん、ありがと」


 そういって柔らかい笑みを浮かべて、俺に向き合った。


「これからも、よろしく!」


 その更紗の笑顔は、いつか見た輝く笑顔すらも超えてしまいそうな笑顔だった。


fin.

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笑えない彼女は輝く笑顔の偶像 神凪 @Hohoemi

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