42.最高の笑顔
あれから一週間が経って、ついにミニライブの当日になった。
「あの、今日はよろしくお願いします。有栖川更紗です」
「ん、よろしくー」
「アイドルもここ使うんだ……」
更紗は他の出演者に挨拶回りをしている。中には何故俺がここにいるのかが気になっている人もいるようだが、その辺はメンタルトレーナーということで更紗が適当に誤魔化していた。実際はほとんど何もしていないのだが、事情を知らない他の出演者たちはひとまずそれで納得してくれたらしい。
「嬢ちゃんはどうだ」
「今のところは大丈夫みたいです」
「そうか。まあ、なんだ。俺にできることがあったら言ってくれ」
「はい。そのときは遠慮なく頼ります」
「そうしろ」
今日は音響を更紗が弄る必要は無い。というわけで、ここに来ているのは俺と更紗の二人だけだ。不安がないと言えば嘘にはなるが、更紗には頑張ってもらうしかない。
挨拶を終えた更紗は早足で俺の元へと戻ってきた。その顔にはやや不安が見えるが、それは他のアーティストが今の自分よりもすごい人たちだとわかっているからだろう。
「緊張するね。意外と、うん。普通に駄目かも」
「でも……」
「うん、やめない。これだけ自分よりも上手な人たちがいるからこそ、頑張らないと」
実力の問題だけではない。アーティストが集まるこの場において、アイドルの更紗は完全にアウェイだ。オーナーがああ言っていたが、客の中にはアイドルを毛嫌いする人もいるかもしれない。
でも、それはこれより先の、文化祭でも変わらない。きっとアイドルアンチはいるだろう。そして、同じ高校生でも魅力溢れた更紗に嫉妬する連中も。
それでも、更紗はステージに立つのだ。俺には計り知れないほどの覚悟があって、更紗はまたアイドルになるのだ。だから、ここで怖気付いているようではいけない。
「よし、頑張れ。ちゃんと見てるから」
「ん、任せて。勝ってくる」
「何にだよ」
くすりと笑った更紗を見て、一応笑えていることを確認する。
「ちょっとお客さんの数見てくるね」
「俺も行こうかな」
「……別に大丈夫だよ?」
「わかってる。でも、めちゃくちゃ多くてもビビるだろ?」
「まあ、それは確かに。じゃあ一緒に行こっか」
平気な素振りをしてはいるが、実際は怖いのだろう。ずっと拳を握っていることには気づいているから。
ギリギリまで一緒にいてやれば少しくらい緊張は解れるだろう。あとは更紗に任せざるを得ない。
集まった客はここで練習も兼ねてしたライブの半分ほど。しかし、その一人一人が朱音たちが集めてきた生徒のようにただ遊びに来たというわけではなく、本当にここでの演奏を楽しみにしているのが伝わってくる。
「飲まれるなよ」
「うん、大丈夫だよ。祐介も、私を信じててね」
「当たり前だ」
緊張はしているようだが、その顔は晴れやかだった。もう俺がいなくても大丈夫だろう。
最後にセットが崩れない程度に軽く頭を撫で、俺からは声をかけないようにしておいた。
出番はまだだ。だが、更紗のやる気はいつでも出ることが出来るくらいには漲っている。だから余計な声をかけて集中を切らすようなことはしないようにしたいのだ。
しばらくして、ライブが始まった。更紗は三番目、セットリストは更紗が入る前とは変わらないものになっている。
「スタンバイお願いしまーす」
「はーい!」
「頑張れよ」
「ん……ありがと。やってくる」
更紗はこれまで見せたことのないような笑顔で、俺に手を振って走っていった。
「ほんとに、頑張れよ……」
祈ることしかできなかったけれど、それでもさっきの笑顔を見ているからこそ、心配はそれほどしていなかった。
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