39.隠せないこと

 更紗はまだ、母の気持ちは知らない。それゆえに、まだ彼女は闘志を燃やしている。

 そうして練習漬けのまま、夏休みは終わりを迎えた。


「今日から、体育館は使えないな……」

「それなら大丈夫。夏休み中に祐奈に場所借りてもらってたんだ」

「そっか。なんか、祐奈にも迷惑かけてるな……」

「だね。その分ちゃんと頑張らないと」

「そうだな」


 朝食を食べながら今後の予定を立てる。文化祭まではあと一ヶ月ほどだ。

 現状の課題はそれほど多くもない。が、個数よりもその課題の克服が困難なのだ。

 ひとつは、更紗の笑顔だ。こればかりは本当にどうしようもないが、少しでも本番までに笑えるようになれば御の字だ。

 そしてもうひとつ。それは更紗のステージの上での緊張だ。一応手がないわけではないものの、俺が考えているようなことをすれば確実にパフォーマンスとしては価値が下がってしまう。


「どうしたもんか……」

「ん? 心配なこと、まだあった?」

「まあな」

「……それは、私がどうにかできること?」

「更紗にどうにかしてもらわないと駄目なんだろうけど、多分更紗にはどうにもできないこと」

「……んん?」

「なんも考えなくていいから」

「わかった。祐介がそう言うなら、そうする」


 全面的な信頼を受けて、放課後に本格的に対策を練ることにした。






 学校に着くと途端に暇だ。一応朱音という話し相手がいないでもないのだが、あまり人目があるところで陰気な男子と話していたと言われるのも朱音に悪いし、何より俺自身が話し慣れた相手以外とはあまり話したくない。

 そうなればやることはある程度絞られてくる。こんなときでもやはり俺は更紗のことしか考えていない。


「祐介」

「……ん? 朱音か」

「ちょっと、カモン」

「は?」

「いいからカモン」


 了承する前に首を引っ張られる。死の恐怖を感じながら連行されるのは嫌なのでとりあえず自分で歩くことにした。

 連れてこられたのは階段の下の小さな隙間。ちょうど移動教室だったらしい一年生が階段を使っていた。


「ナイスタイミングです、朱音先輩」

「ジャストすぎてちょっと嬉しい」


 不気味なほどの笑顔で詰め寄ってきたのは、彩月だった。いや、なんだか様子が変なのは朱音もそうだ。


「一週間後、ミニライブの予定があるらしいんですよね」

「……は?」

「なんでも出場予定だったアーティストが不調で出れなくなったとか。それなりには名のある人だったから代わりになる人がほしいとか。ミニライブだからそれほど規模は大きくないだとか」

「あとは、そうだね。元アイドルのリハビリくらいに使ってくれたらちょうどいいセトリにしとくってさ」

「……もうやらないって、言ってたはずなんだけど?」


 間違いなく、更紗の練習にでも使えということだろう。

 これ以上は朱音と彩月にも迷惑なのでと、二人には更紗が一度壊れかけたあのタイミングでもう文化祭には出ないと伝えて以来、更紗の話はしていない。もちろん更紗本人が伝えたという可能性は無きにしも非ずというところだが、まずないだろう。


「ばーか。祐介のこと見てるのはあの子だけじゃないし」

「いやそもそも有栖も祐介先輩も嘘下手すぎ」

「嘘はついてないけど」

「一回は本当にやめようとしたけど、有栖が諦められなくて結局やることになった、とか」

「……当たりだ」


 見透かされていた。元々彩月はどこか鋭いところがあるし、朱音に関してはただの勘だろう。

 また迷惑をかけてしまった。だけど、どうしてだろう、申し訳ないという気持ちは微塵もない。


「私、音響とかの勉強しましたよ。どうせ夏休み中に言っても仲間に入れてくれないから、せっかくなら有栖の為にできることをしようって思って」

「……そっか」

「プロに及ぶとかおこがましいこと言いませんけど、まだなにもしないよりはマシくらいには。少なくとも、祐介先輩と有栖が二人だけでするよりは」


 だから頼れと言いたいのだろう。

 俺も、更紗と同じだ。朱音と彩月が迷惑だと思いながらやっていたわけではないことはわかっていたはずなんだ。それでも、心のどこかで申し訳なさが募っていたのだろう。

 けれど、今はもうそんなことは言っていられない。時間もない。なにより、信頼出来る手は借りた方がいい。


「よろしく頼む、二人とも」

「祐介って、なんでも抱えすぎなんだよねぇ」

「マジでめんどい人です」

「……よろしくしていいよな?」

「有栖のためなら」

「しゃーないからね」


 口ではそんなことを言いつつも、二人は笑っていてくれた。

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