31.今の俺にできること
更紗を家に送り届けた後、俺はいつもの喫茶店に向かった。待ち合わせの相手は、阿澄祐奈。
「あ、祐介さん……だよね? お兄さんじゃないよね?」
「祐介だ。待たせてごめん」
「よかった。で、こんな時間に呼び出してどしたの? 更紗もいないし」
「ちょっと、話したいことがあってな。あとこれも」
「……あ、遊園地で使った衣装」
それから遊園地で起こったことの一連の流れを話した。祐奈は驚くわけでもなく、かといって予想していたというわけでもない微妙な態度だった。
「そっか。更紗はまだ続けたいんだね」
「やりたい? なにを?」
「何をって……アリシアをだよ。あたしだけかと思ってたから」
「そりゃ、続けたいだろ」
「うん、そうだよね」
そうだ。アリシアに代わりはない。俺では絶対にアリシアの代わりになんてなれないのだ。
だからこうして祐奈に相談することにした。俺の知らない更紗を、祐奈たちなら知っているから。
「祐介さんは、どうしてほしいの?」
「なにを?」
「文化祭」
「……更紗には黙っててくれよ」
「うん、わかった」
嘘のない表情を見て、俺も自分の想いを伝える。
「やめてほしい。このままじゃ更紗が壊れる気がするんだ」
「……壊れる、か」
「表現、間違ってたか?」
「ううん、多分合ってる」
祐奈は注文していたコーヒーを啜り、ため息をつく。誰かに対してではなく、この状況そのものに対しての、そんなため息。
「あの子にはね、支えがいたんだよ。遠い存在だけど、ちゃんと見てくれてるってわかる支えが」
「……俺か」
「ん、そう。その祐介さんが、今は更紗の隣で支えてる。たった一人で」
隣で支えていると言われても、この状況になったのは俺の責任でもあるのだ。
支えきれるわけでもないのに一人で更紗の傍にいる。責任感が重くのしかかる。
「違う、そういうつもりじゃなくて。多分祐介さんと出会ってなかったら、あの子はもっと早くその『壊れる』状態になってたと思う。下手したら、死んじゃったりとかしてたかもしれない」
「でも、結果はこうだ」
「だから、結果も何もない状態だったんだってば。今云々よりももっと根本的なことで」
「根本的とかどうでもいいだろ。結局今が……」
「ああもうほんとにわかんない人だなっ!」
周囲の視線が一気に集中する。納得はいかない様子ではあるものの大事にするつもりはないので祐奈も声を落としてくれる。
「……ごめん」
「いや、こっちこそごめん。今はこんなのどうでもよかったよね。でも、これだけはちゃんと言わせて」
あまりにもまっすぐな瞳。いつもはわりとのらりくらりとしているくせに、更紗のことになるとこうだ。
「祐介さんはちゃんと、更紗の力になれてるから。これをどう取るかは祐介さん次第だけど」
こんなにも祐奈が必死に言うならそうなんだろう。いや、俺自身もおそらくわかっていた。
だからこそ、認めたくはなかったのかもしれない。もしかしたらこれ以上更紗の力にはなれないのかもしれないということを。
「話戻そっか」
「そうだな。祐奈は文化祭のことに関して思うところがあるのか?」
「まあね。正直、あたしも祐介さんと同じ意見。壊れちゃうっていうか、このままじゃ独りになる」
「独りに?」
祐奈が更紗を突き放すとは思えない。それに、もしそんなことになっても俺がいる。
「正確には勝手に独りだと思い込む、かな」
「どんどん塞ぎ込んでくってことか」
「うん。あたしのことが見えなくなって、花蓮にぶつかって、祐介さんにさよならして……それであの子は終わり。あの子のお母さん、知ってる?」
「会ったよ。なんていうか、冷たい人だった」
「あたしもそう思う。あたしたちは友達っていうか仲間だったからあんまり知らないけど、多分救いにはならない」
「……要するに、塞ぎ込む前に助けてやる必要があるってことか」
「正解。それができるのはあたしじゃないんだ」
ああ、その通りだろう。
更紗が今、一番近くに感じているのは俺だ。祐奈よりも花蓮さんよりも、彩月たちよりも近くで更紗に寄り添えるのは俺なんだ。
「文化祭の話、ちゃんと更紗とした?」
「親みたいなこと言うな……」
「冗談言ってないで答えて。ちゃんと、やらない方がいいって言ってあげた?」
「……言えるわけないだろ、そんなこと」
「知ってる。誰よりも
言葉選びが巧妙だ。笑えないアリスか、笑顔の更紗か。そんなもの、俺がどちらを選ぶかなんて二択にすらならないのに。
「止めてあげられる?」
「やるだけやる」
更紗が壊れてしまわないように。俺の心にあったのはその一心だけだった。
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