29.近くはないけど

 そのまた翌日。俺と彩月、朱音の3人は文化祭に向けた更紗の練習に付き合うことになっていた。室内部活が使っていないときの体育館の使用許可は得ているため面倒なことは何一つしなくてもいいのだが、時間は限られているため予め準備をしておく。

 音源はラジカセ。更紗と彩月との相談の結果、俺の家にあったラジカセを体育館で保管することになった。


「お、もう来てる。さすが有栖川ちゃんのことになると早いね」

「お疲れ」


 部活が終わってそのまま来たらしい朱音の冷やかしを無視して準備を進める。それが不満だったのか、朱音は視界に入り込んできて妨害を始めた。


「なにしてるんだよ……」

「邪魔」

「それは見ればわかる。部活終わりで疲れてるんだし休めよ」

「あーうん。了解」


 少しだけ照れた様子で近くに置いてあった椅子に腰掛けた朱音は、やはり退屈なのか会話を求めてきた。


「最近どう? 宿題は?」

「終わった。まあこうやって更紗に付き合う以外はなんも変わらないな」

「そっかー、進展ナシ?」

「…………」

「……アリ?」


 返答に困る質問にどうしようかと思考を巡らせていると、また一人更紗のサポート係が現れる。


「先輩っ! 聞きましたよ!」


 嫌な予感がする勢いの彩月を無理やり制止して、声を落とすようにジェスチャーをする。が、彩月はそれを思いっきり無視して、出来ることならこの場で最も言ってほしくない言葉を放った。


「ついに有栖と付き合い始めたんですよね!」


 予想は大当たり、笑顔のまま彩月は爆弾を投下してきた。


「いやー、有栖ちょっとずつ笑えるようになってから男子にも言い寄られてたりしてたんで、心配してたんですよね〜」

「更紗本人よりも嬉しそうだな」

「えっ? 有栖、嬉しそうじゃなかったんですか?」

「なんだろうな、あれは……」

「ちょいちょいちょーい! えまって、なんの報告も受けてないんだけど!」


 無視するつもりだったがあまりのテンションにそうもいかなくなる。


「言う必要、別にないだろ」

「いやあるし。ちょっとは手助けしたじゃん」

「……それは悪かった」


 しかし、こちらにだってわざわざ言わなかった理由もある。自分に好意を寄せている人に、別の人と付き合うことになったなんて言うのは酷だ。

 もちろん、自分の気持ちにちゃんと向き合えたのは朱音のおかげだ。感謝はしているし、本当は伝えようとも思いはした。ただ、どうしても罪悪感がそれを許してくれなかっただけだ。


「でも、そっかぁ……」

「なんか、ごめんな」

「どのことに関してかはわかんないけどいいよ。それに、私に謝るよりみかみんにお礼言ってあげなよ?」

「みかみん……?」

「私ですね。って、私別に何もしてないんでお礼とか言われても」

「いや、彩月にも感謝しないと。いろいろあったけど、更紗を支えてくれてありがとな」

「……そーゆーとこだと思いますよ、祐介先輩の悪いとこ」

「は?」


 それ以上を教えるつもりは無いようで、彩月はそっぽを向いてしまった。朱音の方も心当たりはあるようだが、苦笑いをするばかりで言ってくれるわけではない。

 そんななんとも言えない、やりづらい空気を打ち破ったのは話題の彼女だった。


「……なにこの空気。もしかして、私遅れた?」

「いや、時間前」

「ん、よかった」


 ほっと息をついて、更紗は彼女なりの笑顔をつくる。やはり引き攣っているその表情でも、俺にはちゃんと読み取ることができる。

 彩月の話では、最近は少しずつではあるものの笑えるようにはなっているみたいだが、まだ完全に治ったというわけではないらしい。


「あ、はいこれ。クッキー作ってみたからあげる。三上と三澤先輩も」

「あ、うん……えっ、私たちもいいの?」

「はい? 手伝ってくれてるんだから準備しますけど……」

「まあそうかもしれないけど。祐介は特別とか、そういうのいいの?」

「……はい?」


 言っている意味がわからないという顔で首を傾げる更紗。対して朱音は、更紗の行動が理解できないように質問を続ける。


「祐介、三澤先輩どうしたの?」

「さあ」

「ふーん……まあいいけど」


 怒涛の勢いで質問を続ける朱音を適当な返事で流しながら、更紗も淡々と準備を進める。


「なんか、変わんないね有栖は」

「は? いやほんとなに。変だし」

「ここまでの相思相愛ならイチャついたりしそうなもんだから。してるっちゃあしてるけどさ」

「い、イチャ……」

「何を言い出すかと思えばそんなことか……」


 どうやら朱音がおかしくなっているのもそれが原因らしい。

 正直な話、俺としてはこれから先の更紗との関係はどうなってもいい。時間が生む変化、それが大切なものだと思っている。もしかしたら更紗はもう少し近づきたいと思っているのかもしれないが、そんなことはないらしい。


「私は別に、祐介となにかをしたいわけじゃないんだ。ただ一緒にいて、話して、楽しい時間を過ごして。いつかはその、えっちなこともして……それで、笑って。そうやって当たり前に過ごしていけたらいいんだ」

「そっか……なんか、有栖らしいね」

「でしょ」

「えっちなことしようとするところが」

「そこっ!?」


 若干問題のある発言は置いておくとして、たしかに細かいことを気にしようとしないのは更紗らしい。それが更紗の魅力だというのも俺は知っている。


「まあ、まだそういうことできるほど近くはないけどさ。でも、私と祐介はそういう感じでいいんだと思う。やっぱり祐介はちょっとだけ特別だけどさ」


 多分、その距離が俺にとっても心地よい。気遣いとか、遠慮とかそういうことも含めて、今はまだ近づきすぎないこの距離でいたいのかもしれない。


「さてと、準備しよっかな」

「セッティングとかは終わってるから、あとは更紗だけ準備してくれたらいい」

「ん、了解」


 そういって、更紗は照れも遠慮も見せないウインクをした。

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